(株)村田製作所(京都府長岡京市東神足1-10-1、Tel.075-951-9111)は、2020年を「5Gが牽引する年」と位置づける。米中貿易摩擦を起因とする市況の不透明感は継続する見通しだが、スマートフォン(スマホ)を中心とした5G部品の需要拡大に対応することで成長持続を目指していく。代表取締役専務執行役員でモジュール事業本部長の中島規巨氏に話を聞いた。
―― 19年の市況を振り返って。
中島 米中貿易摩擦に伴う景気悪化の影響に加えて、中国市場では電気自動車(EV)の補助金が削減されたことが販売台数の減速につながった。生産台数が落ち込んだが、走行安全系や電装化関連の需要が増えたことで、部品全体として微増だった。台数ベースの成長がほぼ横ばいにとどまったことから、期待していたほどの伸びにはならなかった。また、前年に逼迫状態となっていた積層セラミックコンデンサー(MLCC)は、反動で在庫調整局面となったため上期に伸び悩み、それ以降の回復も限定的だった。
一方、中国国内では米中摩擦の影響で5G関連のインフラ、端末への投資が加速した。そのため5G関連の需要は想定を上回っている。
―― 19年度の業績見通しではスマホ部品の在庫調整が利益の押し下げ要因になる想定ですが、状況は。
中島 かなり解消が進んでおり、19年末時点でほぼ平常化したと認識している。通期業績は売上高を前年度比4.1%減の1兆5100億円、営業利益を同13.8%減の2300億円と計画する。
―― 20年の市況をどう見ますか。
中島 5Gが牽引する一年になるだろう。現状の需要は中国が中心だが、米国、日本、韓国でも引き合いがあり、今後本格化してくると予想している。
一方で、景況感の悪化から自動車市場は回復が見通せず、不透明な状況だ。産業機器やスマホ以外のコンシューマー機器についても同様で、大きな成長は期待できないと考えている。不透明感が強い年になるだろうが、当社全体では増収を目指す。
―― 5G向けで伸長する製品、用途について詳しく教えて下さい。
中島 高周波部品であるフロントエンドモジュール、高周波フィルターが牽引役となる。スペースに余裕のあるインフラ機器には単品で、省スペース化が求められる端末にはモジュールが搭載される。どちらも、現状では既存製品の延長線上であるSub―6GHz用が中心だ。今後はより高速・大容量通信を可能にするミリ波帯用製品の需要立ち上がりが見込まれ、すでに少量供給を開始している。
ただ、本格的な需要拡大には大きなスポーツイベントなどによる5G利用コンテンツの拡充が必要だろう。モジュール搭載数が増加すると、それに比例してコンデンサーやインダクターの員数も増えるため、これら部品の拡大も期待している。
5G関連部品の用途は21年まではスマホが中心となる。22年以降にはスマホ以外のアプリケーションも登場してくると見込んでおり、5Gを利用するセンシングデバイスや自動車関連部品の需要拡大も期待できる。
―― SAWフィルターの高度化に注力しています。
中島 5Gでは既存のLCフィルターで対応可能だが、実用化に伴い電波利用環境は年々厳しくなり、フィルターに求められる性能も高度化していく。当社は既存のSAWフィルターでカバーできる領域を拡大させる一方で、構造を見直して高性能化を図った新型SAWフィルター「I・H・P・SAW」を投入してカバー領域を広げてきた。
19年10月には独自の高周波フィルター技術「XBAR」を持つ米カリフォルニア州のレゾナントとライセンス契約を締結した。当社がXBAR技術を用いたSAWフィルターを独占的に開発できる。XBAR技術はI・H・P・SAWを補完できるものとして期待しており、すでにハイパフォーマンス化を実現できることを確認した。今後はその量産性を検証して製品化を目指す。21年には市場が求める仕様を実現して製品化したい。
これらの高性能化に加えて、小型化、複合化技術も発展させている。19年には世界最小サイズのSAWデバイスを量産化しており、高密度実装の進展による小型化ニーズに対応していく。
―― 樹脂多層基板「メトロサーク」は特定顧客への依存が課題でした。新規開拓の取り組みの進捗は。
中島 既存の大手顧客以外への拡販を強化しており、カバレッジは着実に広がっている。ただ、メトロサークを採用した場合の差異が出始めるのはSub-6GHz領域からであり、既存のLTEではメリットが限定的だ。そのためスマホの5Gシフトがより進めば、さらに採用拡大が見込まれる。
また、メトロサークは現状、伝送線路やアンテナに用いられているが、接着剤を用いないことが競合技術である変性ポリイミド基板(MPI)と比較した際の強みとして浮上している。MPIは接着剤が吸水することでアンテナ特性が劣化する問題があるが、メトロサークはそのリスクがないため特性が落ちず、差異化を実現できている。
スマホやPCなどコンシューマー以外の分野、自動車やインフラに展開するには新たに材料から開発する必要があり、ハードルが高い。そのため当面はコンシューマー領域において顧客を増やしていく考えだ。
―― バッテリー事業は減損損失を計上するなど苦戦が続いています。
中島 21年度黒字化の目標は従来から変更していないが、モバイル機器向けの苦戦が想定以上に長引いており戦略を見直している。モバイルでもスマホ向けは価格競争が激しいうえ、仕様が確立しているため技術での差異化も難しい。このため、ウエアラブルなどモノづくりで差別化できる用途に注力分野をシフトする。モバイル以外では短時間にハイパワーが出せる当社電池の強みを生かせる用途である、パワーツールや電動自転車、電動二輪車などに注力する。将来的には、電動自動車のメーンバッテリー補助への展開も想定している。ほかにも当社製電池セルを内蔵した家庭用・産業用蓄電池システムの拡販にも力を入れていく。
―― 業界最高水準容量の全固体電池を開発しました。
中島 他社が開発している酸化物系全固体電池は、容量に制約があることからIoT向けが想定されている。これに対し、当社はモバイル機器向けリチウムイオン電池(LiB)の置き換えをターゲットとし、小型・高エネルギー密度と安全性の両立を目指している。まず小型医療機器用から実績を作り、ウエアラブル機器への展開を目指したい。
―― MLCCは積極的な増産投資を続けてきましたが、今後の方針について。
中島 19年は在庫調整があったものの、中長期的には需要拡大の継続が見込まれることから、今後も増強していく。20年には前年比10%弱くらいの能力増になるかと思う。また、部品のサイズダウンによる供給能力カバーも推進しており、顧客への切り替え働きかけを続けていく。
―― 20年度の設備投資戦略を。
中島 近年、MLCCを中心に新工場の増設を続けてきたが、建屋への投資は落ち着く見通しだ。一方、生産設備への投資はあまり変わらない。ただし、これまで中心だったMLCCから需要が高まっている高周波部品に割合がシフトしてくるだろう。
―― 19年12月に3D触力覚技術を持った(株)ミライセンスを買収されました。M&Aや提携への考え方を。
中島 M&Aや提携は開発投資の一環と考えている。当社が持っていない技術を取り込むのに必要であると判断すれば、今後も実施していく。
(聞き手・中村剛記者)
(本紙2020年1月23日号1面 掲載)