「あなたはもう忘れたかしら…」の有名な歌い出しで始まる、かぐや姫の「神田川」。1970年代を代表するこの名曲の歌詞には、銭湯を背景とした情感がよく表現されており、当時を知る人にとっては銭湯への様々な思い出がよみがえるのではないだろうか。
筆者にとっても銭湯は、洗面器とタオルを持つ道すがら、親との交流の場だったこともあり、ノスタルジックな気持ちにさせられてしまう存在である。背中を流してもらったり、銭湯の定番のコーヒー牛乳やフルーツ牛乳はもちろん、(年齢が分かってしまうかもしれないが)銭湯の外にあった自動販売機のジュースが数十円という安さで、風呂上がりにはより美味しく感じたものである。また、なぜか富士山を背景とした絵が壁いっぱいに描かれていた。これは、あまり世の中が豊かではなかった時代に露天風呂の雰囲気で旅行気分を味わってもらおうということだったのかもしれない。
銭湯には外観にも魅力がある。伝統的な切妻屋根に宮大工が作ったような荘厳ともいえる外観が、今の時代にはないレトロな感覚を味わわせてくれるのである。
そんな銭湯が急速に減っている。実際、都内の公衆浴場の数は10年前に1000件近くあったが、現在では半分近くの約600件にまで減っている。自宅の周辺でも、ここ数年で2件の銭湯が閉店したため、一番近い銭湯に行くにも歩いて10分以上かかってしまう。
自治体などから助成金を受けているのにもかかわらず減少している原因は色々あるが、何よりもまずは、昔よりはるかに風呂の普及率が上がったことだろう。また、いくつもの浴槽があり、食事や休憩所など多彩な設備が整っているスーパー銭湯の存在も大きいだろうし、フィットネスクラブの存在も見逃せない。現在の都内の銭湯の入浴料金は460円であるが、一日おきに入っても月に6900円、毎日入浴すれば約1万4000円が必要となる。だが、フィットネスクラブの場合は月に6000~8000円程度の会費で利用できる。最近はスパを併設したクラブも多く、運動に加えてスパも楽しめるのだから、付加価値は高いと感じる。
かくいう自分も、親と通った子供のころほど銭湯を利用しているわけではない。銭湯が消えようとしているのは残念なことではあるが、それも街でめっきりフォークソングを聞かなくなったのと同様、時代が変わったということなのだろう。