商業施設新聞
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No.343

男の大小


古沢 大輔

2011/11/22

 意図したわけではなく、また特別に担当しているわけでもないのだが、いつしか商業施設におけるトイレの話題を取り上げることが多くなった。かつては「ご不浄」と呼ばれ疎んじられたトイレは、今や商業施設の集客の要にもなっている。商品やサービスで日々勝負するお店の側としては複雑な気分だろうが、実際に「あっちのトイレの方が綺麗で、広くて、使いやすいから」といって、お気に入りの店や商業施設を変えてしまうこともちょくちょくあるのだという。私は最初、こういったことは女性に限ったことだろうと思っていたが、色々聞いてみると、どうもそうではないらしい……。

 最近では、男性の感じ方も繊細で、トイレの気持ち良さ、居心地の良さをとても重視しているのだそうだ。例えば、おしり洗浄機能がないと不快だという人、周囲に漏れる音が気になってしまって水を流しながら用を足す人、トイレットペーパーホルダーのカラカラという音を恥ずかしいと感じる人など、がさつな私には驚かされることでも、大いに共感できるという人たちがぐんぐん増えている。
 私は今、このことを自分同様に驚ける人に向かって話しているつもりだが、気がつくと我々はマイノリティーの側にいるかもしれない。なにせ、和式便所にいたっては教育現場でのトイレの洋式化が進んだために使い方が分からなかったり、それ以前にこの設備をトイレだと認識できない子どもたちが笑い話でなく本当にいるのだ。

 さて、そんなことを考えている折、東京都千代田区から秋葉原駅の有料公衆トイレの利用者数が5年間で延べ42万9060人、年間平均で延べ8万5812人に上ったという発表があった。比較できるデータが手元にないので、その数が多いのか少ないのかちょっと分からないが、印象としてはやはり年間約8万人がひとところを訪れるというのは並みではない。
 しかも、ここは有料なのだ。利用料は1回100円で、SuicaやPASMOも利用できる。1日に235人の利用がある計算になり、これだけの集客があればちょっとした商売は成り立ってしまう。
千代田区の有料公衆トイレ「オアシス@akiba」
千代田区の有料公衆トイレ「オアシス@akiba」
小綺麗な内装で、大便器には“おしり洗浄機能”も付いている
小綺麗な内装で、大便器には“おしり洗浄機能”も付いている

 というわけで、遅ればせながらこの有料公衆トイレ「オアシス@akiba」を訪れた。場所は、ヨドバシカメラ正面の駅前バスターミナルの一角。外観は透け透けのガラス張り。隣に無料で利用できる喫煙コーナーが併設されている。
 説明資料によると、このトイレには係員が常駐しているという。遠目に受付カウンターらしきものが見え、スタッフが立っている。自動ドアを開けると、私が聞き間違えたのかもしれないが、小さく「いらっしゃいませ」と言われたような気がした。ただし、少し上の空だったのでこれは定かではない。
 さて、料金をどこで支払うのかな、とキョロキョロ周りを見回していると、女性スタッフに「トイレをご利用ですか」と丁寧に声をかけられた。「ええ、そうです」と答えると、いかにも申し訳なさそうな様子で「あいにく『大』の方がすべて埋まっておりまして……」と言う。初対面の人とこうした会話を、ましてや丁寧に交わすことは、生まれて初めての体験だ。一瞬どう答えてよいのか分からずにとまどっていると、次の言葉に思わずこけそうになった。
 「あの、大ですか?小ですか?」。
 「Fish or Chicken?」ではない。「Mにしますか。それともLにしますか」とファーストフード店で問われたのでもない。「大 or 小?」である。私が小声で「小です」と答えると、彼女は少し晴れやかな顔をして「小ですか。それでしたらどうぞ」と、奥にある扉を示した。

 扉の前に立つSuica読み取り機にカードをかざすと、扉がものものしく開いた。内部には洗面台が2カ所、小便器が2器、大便器が3器。デザイン、機能性、スペースとも、どちらかというと普通だ。当然のように、小綺麗で、おしり洗浄機能も付いているが、さして変わったサービスがあるわけではない。
 鏡の前では高校生くらいの男の子が熱心に髪をいじっていた。もしかすると、男女で設備内容は違うのかもしれない。男性か女性かで言えば、やはり圧倒的に女性の利用率の方が高いのかもしれなかった。女性側と見比べられないのが、この取材の難しいところだ。

 室内をあれこれと見終わってから、実際に体験もして、100円トイレを後にする。
 「――ありがとうございました」。
 そそくさと立ち去ろうとする私の背中に、スタッフはにこりと笑って声をかけた。“小の男”は、少し肩身が狭そうに、夕暮れの秋葉原の雑踏に消えていった。

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