2014年にノーベル物理学賞を受賞した中村修二教授(米カリフォルニア大学サンタバーバラ校=UCSB)は、相変わらず多忙な日々を送っている。大学のスタッフによると、中村氏が学内にいられるのは週に2~3日。あとは様々な活動で全米を飛び回っているという。同校のSolid State Lighting&Energy Electronic Center(SSLEEC)に中村氏を訪ね、現在の研究テーマや事業の状況について話を聞いた。
―― 受賞してから周囲の環境は変わりましたか。
中村 日本やアジアでは大きく取り上げていただいたが、米国では何も変わらない。過去の成功体験よりも現在の研究活動を続けていくことが大変だ。米国の大学では、教授のおよそ半分が起業し、ほぼ100%が企業のコンサルティングをしている。私の研究室ではドクターコースに10人の学生がいるが、その給与は私が支払っている。つまり年間1億円程度の研究資金を自ら集めてこないと、研究が継続できない。だから、ほとんどの教授が私のように企業の出身者であり、スカウトされて教授になる。皆が常に新しいビジネスを探しており、言い換えれば中小企業の社長業のようだ。同僚のUmesh Mishra教授はGaNパワーデバイスを手がけるTransphormの共同創業者兼CTOとして活躍している。シリコンバレーが1つの企業のようなもので、事業を起こして企業を成長させると、また新たな種を見つけて投資するという流れができている。
―― 先生もLEDメーカー「Soraa」の起業に携わっていますね。
中村 週に1日は学外の活動に充ててよい決まりになっており、SoraaはUCSBでの研究成果をもとに、SSLEECの同僚でLED、レーザーダイオード(LD)、MOCVDの専門家であるSteven DenBaars教授、MBE技術や材料分野の権威であるJames Speck教授と08年に設立した。私は共同創業者兼サイエンスアドバイザーという立場で関わっている。
Soraaでは、GaNウエハー上にGaNを積む、いわゆるGaN on GaN LEDを用いた照明を商品化している。紫色チップを用いて蛍光体を励起するため、青色にピークがなく、青緑色や深い赤色をカバーし、太陽光と変わらないフルスペクトルの白色を実現できるのが特徴だ。
―― 現在のLED市場をどう見ておられますか。
中村 転換期に来ている。中国メーカーでも質の高い青色チップが製造できるようになり、価格が半分以下になった。中国は事業化に向けて多額の補助金を拠出しているため、太陽電池で起きたようなことがLED市場でもこれから起こるのではと危惧している。関連特許がどんどん期限切れを迎える時期にきているため、LEDに付加価値をつけたビジネスを展開しないと、チップやパッケージだけでは今後ますます厳しくなるのではないか。
―― 一方で、欧米ではLED照明の普及率がまだまだ低いですね。
中村 確かに10~20%といったところで、LEDへの転換が本格化するのはこれからだ。先日モントリオールで講演する機会があったのだが、市長が街路灯のLED化を進める方針を打ち出している。これに反対意見を唱える人の言い分は「青色光が健康に被害を及ぼす」というものだ。これに見るとおり、欧米では青色光に対する懸念が強く、もっと質の高い光を普及していく必要があると考えている。
―― 現在の研究テーマはLDを用いた照明だと伺っています。
中村 そのとおりだ。2000年に米国に来たとき、私のオフィスの電話は鳴りっぱなしだった。そのほとんどがベンチャーキャピタル(VC)からで、技術を事業化しないかというオファーだった。当時はほとんど断ったのだが、07年にGaN on GaNの論文を発表した際、改めてVCからオファーをいただき、事業化に踏み出すことになった。
08年にGaN LEDを事業化する「Soraa」と、GaN LDを手がける「KAAI」を設立したのだが、次第にLEDのほうが多忙になり、両社をSoraaに統合したという経緯がある。その後、改めて設立したのがLD照明の事業化に専念する「SoraaLaser」だ。前述のLED、LD、MOCVDの専門家であるSteven Denbaars教授とJim Speck教授も共同創業者になっている。
―― SoraaLaserの概要は。
中村 LEDの代わりにLDを用いて蛍光体を励起し、より効率の高い照明の実現を目指している。すでにアウディやBMWといった欧州の自動車メーカーがヘッドライトにLD照明を採用し始めており、今後もっと本格化してくるだろう。
ただし、実用化には2つの課題をクリアする必要がある。まず、現在の紫あるいは青色のLDの価格だ。現状でLEDの10~20倍とまだまだ高価であり、いっそうコストダウンする必要がある。次に、投入電力から光に変わる効率だ。現在のLEDは60%に達しているが、LDはまだその半分に過ぎない。私の見解では5年以内ぐらいにはいずれもクリアできると期待している。
―― 日本の若いエンジニアにメッセージを。
中村 日本には非常に優れたモノづくりの技術があるが、ワールドワイドに販売を展開する力に欠けると思う。やはり言語の壁が大きい。思い切った投資ができる創業者が少なくなったこともあるだろう。このため、海外の競合メーカーにコピーされてしまう方が早くなってしまっている。日本の学生も海外に出ていない。若いうちからどんどん海外へ出て、グローバリゼーションを肌で感じ、ベンチャーで自らを鍛えてほしい。私自身が日亜化学というベンチャー精神に溢れた企業にいて、創業社長に自由に研究をさせていただいた経験が今に生きていると思うからだ。
(聞き手・本紙編集部)
(本紙2016年5月19日号1面掲載)