ブラザー工業(株)(名古屋市瑞穂区苗代町15-1、Tel.052-824-2511)は、7月にヘッドマウントディスプレー(HMD)「AiRScouter(エアスカウター)」の新モデルを発表した。2012年に発売した既存モデルを改良するとともに、従来の業務用市場に加えて医療用市場への展開を目指している。E&I事業推進部イノベーション企画グループの篠田章氏に話を聞いた。
―― HMD開発のこれまでの経緯から。
篠田 当社がプリンター事業で培ったピエゾ制御、レーザー制御技術の応用展開の一環として、2000年代前半に開発に着手した。05年の愛知万博には、覗き込むと小動物や妖精などのファンタジー映像が映し出される「ファンタジーシアター」を出展し、09年にはこの技術をベースとしたモバイル型試作機を開発した。
これらはレーザー光を目の網膜に当てて映像を表現する網膜走査技術を用いており、安全面では問題がなかったものの、実製品化にはユーザーの拒否反応が予想された。また、レーザーを使うことで部材に制約があり、より自由度を高めることができる液晶方式に切り替えた。
その後、11年に日本電気(株)(NEC)の現場作業用コンピューターのディスプレーとしてエアスカウターを製品化し、12年には業務用に発売した。国内の大手家電メーカーなどから採用を獲得している。
―― 新モデルの改良点について。
篠田 初代モデルのユーザーから出た改善ニーズをフィードバックさせた。ヘッドバンド方式でずれにくく、眼鏡をかけていても自然な装着感が得られることに加え、ヘルメットの上からでも装着できる。フレキシブルアームで自在に操作することで、作業姿勢に合わせてディスプレーを固定可能だ。また、映し出す映像の奥行きを調整できる機能を搭載しており、目が疲れにくい。映像インターフェースには幅広い機器で用いられているHDMIを採用し、ドライバーなどを開発しなくてもそのまま使用することができる。
―― 業務用モデルの活用事例を。
篠田 パナソニック(株)では、多品種少量生産の現場において組立作業支援に用いられている。手を止めることなく手順や指示を映像で確認でき、効率向上やミス防止、新人教育などに貢献できる。シチズンマシナリー(株)では、サービスマンの遠隔作業支援に用いられている。現場の映像を遠隔地でリアルタイムに確認し、センターから現場作業員に的確な指示をすることで効率的な故障診断・復旧作業を可能とする。
新モデルではUSB接続を必要としなくなったことで、従来以上に裾野が広がった。7月の発売以降、より幅広い用途に活用されると期待している。
―― 新たに医療用モデルをラインアップした。
篠田 前モデルの発売以降に東京大学医学部附属病院の花房規男特任准教授に関心を持っていただき、医療現場での活用に向けて共同開発を進めてきた。医療現場ニーズに対応し、アナログ信号をデジタル変換したり、映像の任意の部位をズームできる機能を搭載している。また、ACアダプターは周囲の医療機器に影響を与えない規格に準拠している。超音波エコー、3次元CTなどにおいて映像と施術部位を同時に確認しながら処置をすることができるほか、診察室やベッドサイドにおいても患者と対面したまま映像確認が行える。10月下旬に発売予定だが、すでに非常に強い引き合いをいただいている。
―― 今後の製品開発の方向性は。
篠田 エアスカウターは、ディスプレーとシステムが一体化した一般的なHMDと異なり、モニターに特化していることが最大の特徴である。このため、スティック型PCとの接続などによるシステムへの組み込みが容易であり、ユーザーのニーズに応じて様々なソリューション展開が可能である。今後想定される用途として建築現場や障害者とのコミュニケーション、セキュリティー、イベントなどでの活用が挙げられる。
また、医療用においても個別ニーズに応じた機能拡張、改良を加える方針だ。自社単独のみではなく、顧客やシステムインテグレーターと提携することで、さらなるソリューションの拡大を目指したい。
―― 海外への販売計画と事業目標を。
篠田 新モデルの製品化にあたり、本格的に海外へ拡販する。自社の海外営業ルートを活用するほか、ソリューション企業を通じて販売する。16年早期に北米で、同年内には欧州でも発売を予定している。3年後に世界で3万台の販売目標を掲げている。また、16年度には国内で40%のシェア獲得を目指す。
(聞き手・本紙編集部)
(本紙2015年10月1日号3面 掲載)