電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第591回

経済産業大臣 衆議院議員 齋藤 健氏


産業政策で国際競争時代を勝ち抜く
「挑戦」で日本半導体復権に賭ける

2024/9/6

経済産業大臣 衆議院議員 齋藤 健氏
 経済産業大臣の齋藤健氏は、23年間勤務した通商産業省(現・経済産業省)を2006年に退官してから、18年ぶりに大臣として古巣にカムバックしてきた政策通である。その間、17年に農林水産大臣、22年には法務大臣を歴任し、次世代リーダーとの呼び声も高い。「現在の政策は、半導体王国・日本の復権を賭けたプロジェクトだ」と言い切る齋藤大臣に半導体戦略の進捗や今後の展望を伺った。

―― 通産官僚時代は日米の自動車や半導体を巡る貿易交渉の最前線に立っておられました。
 齋藤 経産省に18年ぶりに戻ってきて、思うことが2つある。1つは、世界が大きく変わったこと。そして2つ目は、後輩たちが大変よくやっている、頑張っているということだ。
 まず1つ目について、いまや米国も中国もヨーロッパも韓国も自国産業ファーストで、かつては考えられなかった規模の政府資金を特定の産業に投入する時代へ、いつの間にか変わっている。米国は、22年に成立させたCHIPS法で半導体産業へ527億ドル(約7兆円)の補助を決定し、減税措置などを含めると総額14兆円もの資金を半導体産業1つにつぎ込む。ヨーロッパも同様だ。
 そうした意味で、産業政策そのものの国際競争時代に入ってきているとの認識を強く持っている。したがって、今後、経産省がいかなる産業政策を講じるかということが、日本の産業の将来の帰趨に関わる時代になっている。競争はしながらも、一方で協力が不可欠であり、実際ラピダスはIBMやimecと協力している。私の通産官僚時代は、米国とは対立、対立で激しい交渉の連続であったから、まさに隔世の感がある。
 つまり、産業政策の競争の時代であり、協力の時代でもあるという、非常に複雑な状況にいま大きく変化してきている。国際競争と国際協力・協調で自国産業を発展させるという、舵取りの難しい時代になった。
 2つ目について、様々な国際情勢があったにせよ、後輩たちが熊本県にTSMCを誘致することに成功した。これだけのビッグプロジェクトをよく成し遂げてくれた。しかも、第1工場に4760億円、第2工場には7320億円を支援する。私が通産省にいたころなら、1つの工場に数千億円を投入するなんてことは、ありえなかった。
 なおかつ、ラピダスだ。TSMCは日本のミッシングピースを埋めるプロジェクトだが、ラピダスは「挑戦」だ。世界最先端の2nmロジック半導体を27年までに量産するとして、すでに総額9200億円を上限とした支援を決めている。これは半導体王国・日本の復権を賭けた大きな意味を持つプロジェクトだと、少なくとも私はそう認識している。定期的に第三者を入れ進捗状況を確認している限りにおいて、現在までのところはきわめて順調だ。

―― つまり、自国で立ち上げるラピダスと、海外企業を誘致するという二本立てで戦っている。
 齋藤 明確に言うと、TSMCの誘致は「経済安全保障」。日本で生産できない半導体のピースがあると、自動車や家電など様々な製造がストップする可能性が高いため、供給の途絶をできるだけ回避する。ラピダスは「チャレンジ」。同じ数千億円を投資する案件でも、意図が異なることを理解していただきたい。

―― 半導体業界の人材不足、労働力不足が問題になっています。
 齋藤 もちろん、人材の供給が途絶えるといけないので、育成が非常に重要になる。現在、全国各地の大学や高専で新しい講座が開設されるなど、教育機関における取り組みがかつてない勢いで進んでいる。
 千歳市へ視察に赴いた際に、ラピダスに「最前線で挑戦している40歳前後の研究者に会いたい」とお願いし、Webを通じて、米国ニューヨーク州のIBMの研究所に派遣されている若手研究者に話を聞かせていただいた。いずれ日本に戻ってきて立ち上げに関わる人材だ。彼から聞けたのは「こんなに国から支援してもらって、本当にありがたい。日本のために絶対成功させる」という強い気持ちだった。また、新卒でラピダスに入社した方々にもお会いした。半導体メーカーから内定をもらっていながら、世界最先端に挑戦するという話を聞いてラピダスを選んだそうだ。
 このように、人材育成の動きが澎湃として起こっていること、そして、非常に優秀かつ若い人材が日本にまだまだ数多くいることに、驚くとともに安心し、感心もしている。プロジェクトが成功を収めれば、人材面にさらにポジティブなインパクトを与えるのではと期待している。

―― 半導体工場の誘致や立地が経済効果を生み出すと期待されています。
 齋藤 すでに熊本を中心として九州に経済効果が表れつつあるが、おそらくラピダスの周りにも関連産業が集積し、一大経済圏が形成されるようになることを切に願っている。先日訪問した空知地域は、かつて石炭産業で大変栄えたが、エネルギー産業の中心が石炭から石油へ移行するなかで徐々に人口も減っていった。いわば、通産省(当時)の政策のせいと言えないわけでもない。その近隣地に今度は、経産省の政策によってラピダスが来て、再び経済が活性化するようになるなら、大変感慨深い。

―― 大臣は経済政策において「稼ぐ力」の重要性を説いておられますが、日本半導体産業政策の決意をお聞かせ下さい。
 齋藤 現在の半導体政策を批判する方も多い。「経産省は過去にいくつも失敗している」「失敗したら誰が責任をとるんだ」とのご意見も聞こえている。そうした方々に私はこう答えている。これから半導体の需要はAIやEV、データセンターなどの世界的な普及に伴って激増する。それを米国や中国、ヨーロッパ、韓国、台湾が取り合っているのを、日本は指をくわえて見ているだけでいいのか。もちろん、絶対成功するという確証はない。だからチャレンジなんだ。挑戦しないことになったら、半導体だけでなく、日本産業界全体の士気にかかわる。ラピダスプロジェクトをやらないことのリスクもある。どちらのリスクをとるんだという問題だが、この戦いを最初から諦めるなんて、私にはありえない。


(聞き手・特別編集委員 泉谷渉/津村明宏、顧問 伊中義明)
本紙2024年9月5日号1面 掲載

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