商業施設新聞
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No.804

金大中事件の舞台となったホテルを訪れる


山田高裕

2021/4/27

 このコロナ禍において、多くのホテルや飲食店が残念なことに閉業に追い込まれている。そしてその中には、歴史ある施設・店舗も多数含まれている。先日、6月末での閉鎖を発表した「ホテルグランドパレス」もその一つだ。同ホテルは1973年に九段下駅近くでパレスホテルチェーンの一つとして開業した。東京の中心にあるホテルとして宿泊需要だけではなく、結婚式やイベントなどにも活用され、プロ野球のドラフト会議の会場にもなった。そして何よりも有名なのは、日本現代史の事件の一つである金大中事件の舞台となったことである。

 1973年8月、当時の韓国の民主活動家であり、のちに大統領にも就任した金大中氏が、開業直後のホテルグランドパレス22階で韓国の情報機関KCIAに拉致され、韓国に連れ去られた事件が起きた。これが金大中事件である。当時韓国では朴正煕大統領が戒厳令を敷いており、韓国では身の危険が及ぶと考えた金大中氏は海外にて活動を続けていた。こうした活動を疎ましく思ったKCIAが日本にいる金大中氏を拉致し、殺してしまおうと考えたという。もちろんこれは日本の主権に対する重大な侵害であり、日本当局が拉致した金大中氏を運ぶ船をヘリコプターで追跡するなど介入したことから、殺害には至らず韓国国内で解放されることとなった。金大中氏はその後、韓国の民主化に貢献し、97年には大統領に就任、98年には日韓共同宣言を行い日本と韓国との密接な関係を築いた。あのときもし金大中氏が殺害されていれば、日本と韓国の関係も現在とは大幅に違ったものになっていたかもしれない。

金大中事件の舞台となったホテルグランドパレスの外観
金大中事件の舞台となった
ホテルグランドパレスの外観
 こうした現代史の大事件の舞台になった歴史あるホテルも、コロナ禍によりその歴史に幕を閉じることとなってしまったのだ。このニュースを受け、この機会を逃したらもう二度と泊まることはできないだろうと思い、先日実際に泊まってみることにした。

 当日行ってみると、休日であるにも関わらずロビーにはほぼ人がいなかった。格調高い調度品と絨毯に覆われたロビーがこれほどまでに寂れているのは悲しい光景だった。こうした光景はこのホテルだけではなく、多くのホテルでも見られるものだとは思うが、コロナ禍による宿泊業界への打撃を改めて感じさせた。客室はよくあるシティホテルの客室というもので、設備は良くも悪くも歴史を感じさせるものだった。閉業を決めた背景にはコロナ禍に加え施設の老朽化という側面もあり、色々厳しい状況にあったことがうかがわれた。そして金大中事件の舞台となった22階も訪れてみた。金大中氏が出てくるところで拉致された2212号室はフロアの最も奥まったところにあり、実際に見てみると逃げるのも難しいと感じた。40年以上前の現代史の大事件が今目の前にある場所で起きていたということを考えると、奇妙な感慨を感じた。

 こうした歴史ある施設の閉鎖も、今後さらに増えていくかと思うと悲しい気分になる。一方で、このコロナ禍では各施設・業界に大きな変革が求められており、それができないところはどんどん淘汰されていくのかもしれない。いずれにせよ、こうした事態が一刻も早く収束し、以前のように宿泊や食事が楽しめる時代の到来が望まれる。
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