秩父宮ラグビー場(株)は2月3日、東京都新宿区で「新秩父宮ラグビー場」を着工した。Ⅰ期工事完了後の2030年に開業を予定しており、その後のⅡ期工事にて南側広場の整備を行う計画。また、三井住友フィナンシャル(SMBC)グループがトップパートナーとなり、施設の副名称は「SMBC Olive SQUARE」に決定した。
新秩父宮ラグビー場の建設地は、東京都新宿区霞ヶ丘町3-2。規模は地下1階地上8階建て延べ7万2957m²。高さは46mで、屋根の高さを抑え、軒高をMUFGスタジアム(国立競技場)や明治神宮聖徳記念絵画館と同程度とし、圧迫感を感じさせない外観デザインとする。日本初の屋内全天候型ラグビー場で、ラグビーの国際大会の開催も可能。客席は約1.5万席で、イベント開催時には最大約2.5万人の収容が可能となる。施設は東西スタンドを均等にした「ダブルメインスタンド」と、フィールドコーナー部から試合を体感する観客席「ラグビータワー」、フィールドと同レベルの観客席「フィールドバー」などの快適で多彩な環境からなり、ライブ・コンサートを中心とした各種イベント時では、50×12mの大型ビジョンを設置し多彩な演出を行う。さらに都心に位置することから平日のアクセスも容易で、国内外トップクラスのアーティスト公演によるエンタメの中心地となることを目指すのだという。
トークの様子(左から田中氏、三上氏、ナイカブラ氏、村上氏)
こうした概要は2月12日、明治神宮外苑・室内球技場で行われた記者発表会で発表された。記者発表会では、元ラグビー日本代表の田中史郎氏、東芝ブレイブルーパス所属のジョネ・ナイカブラ選手、同所属の三上正貴選手、ラグビージャーリストの村上晃一氏が登壇し、トークセッションが行われた。村上氏によると、国内でラグビー場の名がつくのは「瑞穂」「熊谷」「月寒」「花園」、そして「秩父宮」の5カ所で、なかでも「西の花園・東の秩父宮」は日本ラグビーの聖地だそうだ。ちなみに関西出身の選手が目指すのは国立競技場で、意外と関西の選手が秩父宮でプレーする機会は少ないそうだ。
建築から80年近くが経とうとしている秩父宮ラグビー場はその歴史の中で、数々の名選手が名勝負を繰り広げてきた。ラグビーファンの間で語り草のひとつが、古くは1971年9月28日、イングランド代表と日本代表の試合だ。3対6で敗戦となったが、ラグビーの母国に対して好試合ができる、日本ラグビーのレベルアップを世界に示した試合だったという。そして89年5月28日の対スコットランド戦は宿沢監督、平尾誠二キャプテンを擁し、見事撃破。村上氏はファンに宿沢監督が胴上げされたことを述懐した。さらには13年6月15日、満員の秩父宮で日本代表がウエールズに勝利。前週に花園で惜敗していたからリベンジを果たすとともに、この勝利がきっかけで、15年のイングランドで行われたラグビーW杯で南アフリカ戦の勝利につながったと、当時日本代表の田中選手は熱く語った。
そんな様々な伝説を紡ぎ続けてきた秩父宮ラグビー場が最新仕様となる。人工芝となり、もう芝がめくれることもないし、度々雷雨や降雪でゲーム自体が中止・延期になることもなくなるなど、屋内全天候型だから自然の気まぐれに左右されなくなる。三上氏いわく、「古い世代は、ラグビーは雨でも雪でもやるんだという人が多いが、最近は中止になるケースが多い」と指摘する。奇しくも記者発表の前週の降雪で試合が中止で延期になったという。観戦者もずぶ濡れにならず、寒くもないし暑すぎず、50mの超特大ビジョンで、楽しくワイワイやりながら快適に観戦できる。そこまでの発表はなかったが、選手のトレーニングルームや風呂・シャワー室・サウナルームなども最新のものが完備されるのだろう。
16年、東芝ブレイブルーパスとパナソニックワイルドナイツの試合で、最後の東芝のキックの際、蹴られたラグビーボールがゴールポストを超えようとした時、ふいに風が吹いてゴールから外れてパナソニックの勝利になったと田中選手は述懐する。まさに神風か、屋外競技場ならではの自然のいたずらか。また、球場内には風呂が1つしかなく、両チームの選手が試合後一緒に風呂に入り健闘を称え合う――何とも言えない光景だ。そんなシーンに巡り合えないのは少々寂しいかも。