「確かにニッポン半導体はここにきて大きくシュリンクしている。国内の盟主ともいうべき東芝が不正会計事件を契機に、今や7100億円の単年赤字を築くに至った。シャープはホンハイに身売りした。それでも、ソニー、ルネサスをはじめ世界でトップシェアを持つデバイスはまだかなりの数が残っている。反転攻勢は十分に可能なのだ」
半導体業界の著名アナリスト、南川明氏は目線をギラリと輝かし、それから目を少し落とし「とにかく頑張ってもらいたいもんですね」と小さく呟いた。
確かに日本の半導体生産は今や3兆円程度にシュリンクしたが、この分野なら世界で1位というメーカーはかなりある。産業革新機構がてこ入れし黒字回復したルネサス エレクトロニクスは東芝に次ぐ国内2位のメーカーであるが、車載向けマイコンという分野では世界No.1である。東日本大震災のときに、ルネサスの車載マイコン工場が被災し、慌てたのはトヨタ、日産、ホンダなどの国内自動車メーカーばかりではない。フォードやGM、さらにはBMWの副社長をはじめとする幹部が専用ジェット機を飛ばして日本に駆けつけ、ルネサスの状況を視察した。ルネサスの車載マイコンが止まれば、現代自動車もフォルクスワーゲンも皆、困り果ててしまうのだ。そのくらい、世界の自動車メーカーがルネサスに持っている信頼感は強いものがあるのだといえよう。
日亜化学工業(国内半導体メーカー生産ランキング7位)は、現在に至るまで長くLEDの世界チャンピオンとして君臨している。一時期はサムスンが追い上げたが、ここにきて、とても日亜には勝てないとの判断から、事実上の事業撤退を決めた。何しろ、ノーベル賞受賞者の中村修二氏という逸材を輩出したカンパニーこそ日亜化学なのだ。ある検査機器メーカーが筆者に耳元で囁いた言葉である。
「LEDの結晶を超微細な顕微鏡でのぞけば、日亜のそれは見事なまでに綺麗だ。これに対し、韓国などの外国勢の作るものは日亜の領域にはとても及ばない」
国内ランキング8位の三菱電機は、とにかく地味系で目立ちたがらない男といった感があるが、実力はかなりのものがある。給料はばか高いソニーには適わないが、かなりの高水準であり、経常利益も重電系では優良企業の日立に次ぐ水準となっている。半導体の世界においても、パワー半導体という分野に強い。電力を制御する省エネデバイスであるパワー半導体は、今後大きく成長するといわれており、ここ10年くらいのあいだには世界市場で4兆~5兆円まで成長し、メモリーの主役の一角であるフラッシュメモリーを抜いてしまうという声さえあるのだ。
三菱電機はパワー半導体をお家芸としており、その中核製品であるIGBTについては、世界トップの地位を築いている。かの東海道新幹線をはじめ、世界の多くの高速鉄道に採用されている。中国におけるエアコンのインバーターにも同社のIGBTは大量に採用されている。
浜松ホトニクス(国内ランキング15位)は、医療機器向けデバイスについては、おそらく世界トップであろう。新電元工業(国内ランキング19位)はブリッジダイオードで世界トップであり、セイコーインスツル(国内ランキング22位)はリチウムイオン電池用保護ICではやはり世界トップを維持している。
さて、ここにきて、さらなるサプライズの国内半導体再編第2幕が開くといわれている。すでにルネサスが大幅な営業黒字を出し、富士通も再編におおよその道筋をつけ、パナソニックも新たな事業のかたちを作った。富士通とパナソニックは半導体設計の事業統合を行い、ソシオネクストという新カンパニーを設立し、次の発展を狙っている。これに続き、アナログ半導体を再編するという、いわば国策ともいうべきプロジェクトが浮上してきた。
すなわち、「オールジャパンアナログ」ともいうべき新カンパニーを作り、国内半導体産業に散在しているアナログ半導体を1つにまとめ、ドでかい新カンパニーを作り上げようという構想だ。この計画は、日本政策投資銀行が資金を投入し、2015年5月にセイコーインスツルとともに、エスアイアイ・セミコンダクタという会社を設立したことに始まる。この新会社が国内半導体企業のアナログ部門を取り込むかたちで、M&Aをかけていくことになる。こうして立ち上がるオールジャパンアナログにはかなりの資金投入が考慮されており、世界で5本の指に入る巨大なアナログ半導体企業を誕生させるというのだ。
ニッポン半導体栄光の年は1989年であった!!(日本半導体50年史=産業タイムズ社刊より)
車載のティア1企業も動き出した。デンソーは隠れたる半導体メーカーであり、その生産金額を公表していないが、筆者の推定では3000億円はあると思われる。国内ランキングでは6~7位くらいに位置することになる。同社は2020年の東京オリンピックまでに自社の半導体事業を1兆円まで押し上げていく構想を掲げており、すでに富士通岩手工場の買収に成功している。アイシン精機、豊田自動織機、日立オートモティブシステムズ、カルソニックカンセイ、明電舎、東海理化などは、表には出てこないが、すでに半導体を一部内製化している。つまりは、将来の半導体量産を狙っているわけであり、こうした車載部品メーカーが本格参入してくれば、ニッポン半導体の新たな夜明けが近づいてくるかもしれないのだ。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。