今や半導体生産において、事実上の世界チャンピオンにのし上がったTSMCの設備投資ラッシュが止まらない。台南、新竹、台中、高雄など台湾に集中投資している。一方で、米国、日本、ドイツにもファブを立ち上げているのだ。
TSMCの2025年における売上は少なくとも20%増にはなると言われ始めている。そうなれば、16兆~17兆円の売上達成も夢ではないわけであり、半導体メーカー別(ファンドリー企業を除く)で世界トップ水準にあるインテル、サムスンをはるかに凌いでしまうだろう。そしてまた、TSMCにほぼ全量を生産委託しているファブレスのAIチップの世界チャンピオンであるエヌビディアも、25年はメーカー別で世界トップの座を射止めることになるのである。
ところで、現代に生きる人たちは半導体におけるTSMCの凄まじい強さに驚いてばかりいるが実のところ、その始まりはかなり惨めなものであった。TSMCの創業は1987年2月、シリコンファンドリーというビジネスモデルをコアにして多くの出資と技術提携を様々な半導体メーカーに打診したが、まったくもって相手にされなかった。80年代後半に世界ナンバーワンの技術力と生産力を誇っていた日本の東芝、日立、ソニーにも提案したが、興味なしとの返答であった。米国の有力メーカーであるインテル、TI、モトローラ、IBMなどにも出資を打診したが、これまた見事に断られてしまったのだ。
ところが、たった1社だけTSMCの将来性を予言し、関心を示し、出資金の27.6%を負担してくれたのが欧州のフィリップスであったのだ。
設立時の資本金は1.45億ドルで大口の株主は何のことはない、台湾の政府ファンドが約50%を出資し、残りは台湾民間企業9社が出資し、まことに淋しい門出であったのだ。もうこのことを知る人は少ないだろう。筆者は、TSMCの第1工場が立ち上がった時点で、すでに台湾に渡り、その取材を行っていた。そしてまた、今や世界に轟く台湾TSMCがたった38年の歴史しか持っていないことに対し、半導体の世界はこんなにも目まぐるしく変化するのだな、という思いが深くなるばかりなのである。
それはともかく、25年の現在にあってTSMCのワールドワイドに展開する設備投資は凄まじいばかりだ。とりわけ、ここにきては台湾本土における投資が活発化している。台南のFab18B-P5/6(3nm)、新竹宝山のFab20-P1/2(2nm)、Fab20-P3/4(1.6nm)、高雄のFab22(2nm)など凄まじいばかりだ。そして重要なことは、新竹、高雄には最先端の2nmおよび1.6nm(A16)のファブを立ち上げるということであるからして、サプライズ以外の何ものでもない。
高雄のFab22には約7兆円を投資することを決定しているが、米国向けに15兆円の追加投資を発表して以降、先端半導体のサプライチェーンが米国に移管されるのではないかという懸念が台湾内に拡がっている。これを打ち消す意味で、高雄のFab22の大型投資を発表したという見方をする人もいるのだ。
一方、米国においてはFab21-P1(4nm)、Fab21-P2(3nm)、Fab21-P3(2nm/1.6nm)を立ち上げており、これはいうところのアリゾナ新工場である。ここにも1.6nmのファブが存在しており、米国についても最先端ファブを持って行くというTSMCの考え方が良く表れている。日本については熊本にFab23を立ち上げたが、これは全然、先端プロセスではないのだ。ドイツにもFab24を計画しているが、これまた先端プロセスは導入しない。
半導体製造装置や半導体材料メーカーにとっては、もはやTSMCの巨大設備投資ラッシュが一番の関心事になるのは当然のことであろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。