「なんでもかんでもアメリカ第一。他の国のことは知らない。例外なく、ひたすらに関税をかけていく。そして、不法な移民を追い出してやる。そしてまた、ウクライナ戦争はプーチンを説得し、自分の力で止めてみせるのだ」
まるでスーパースター気取りでこうのたまうのは、かの米国大統領のトランプ氏である。婦女子についてのレイプで多く訴えられているこの人物が2回目の大統領になった時には、筆者は正直言って信じられないとの思いでいっぱいであった。アメリカは素晴らしい国なのだろう。あれだけの事をしておいて、トランプ氏が大統領になれてしまうのだから。
それはともかく、発展を続ける世界の半導体産業にとって、トランプ大統領の存在はどうにもこうにも暗い影を投げかけていると思えてならない。なにしろ、トランプ氏は例外なく関税をかけてやる、との選挙公約を実行しようとしている。自動車には25%程度の追加関税、半導体や医薬品も25%以上と発言しており、これは実のところとんでもないことなのである。
我が国においても国家半導体戦略カンパニーともいうべきラピダスに逆風が吹き始めた。つまりは、2027年以降のラピダスの最先端半導体の米国輸出について徹底的な関税をかけられてしまえば、かなりの打撃になる。もちろん、日本の半導体製造装置メーカーや材料メーカーにも少なからぬ影響はあるだろう。
トランプ氏は、メキシコやカナダに25%関税は断行としており、軍事同盟国である日本についても例外は認めないとの強行発言を繰り返している。こうしたスタンスに対して、日本の石破茂首相は元来大人しい人であるが、ほとんどトランプ氏に反対する表明は出していない。
そしてまた、バイデン政権の時に成立していたCHIPS法の廃止を主張しており、これには韓国が大きく動揺している。サムスンは米国テキサス州に370億ドルを投じてファンドリー工場を建設中であり(生産開始時期は先送り)、SKハイニックスも米国インディアナ州に38億7000万ドルを投じて、先端パッケージング工場を建設する計画を立てているが、この大きな設備投資に対しての米国政府からの補助金支給が反故にされる可能性があることで韓国政府には動揺が渦巻いている。さらに、トランプ大統領は韓国政府が課す関税が米国より4倍高いと主張しており、これまた韓国政府の動揺を誘っている。
握手をするTSMCの魏哲家CEOとトランプ大統領(ホワイトハウスの発表動画より)
一方、台湾TSMCの米国への1000億ドル(約15兆円)の投資は、CHIPS法とは関係なく行うことで台湾政府はそれほど大きく揺らいではいない。ちなみに、これまでTSMCは米国のアリゾナに第1から第3までの3工場を建設することをアナウンスしており、これには9兆円以上を投入する。トランプ氏は、さらにTSMCから6兆円の投資を引き出したと自慢している。
トランプ政権は、日本政府とオランダで会談した折に東京エレクトロンとASMLが中国で行う半導体装置メンテナンスの制限で協議しており、まあとにもかくにも、半導体産業が世界における最も重要な存在であることをトランプ氏の頭脳はまったく読み込めない。困ったことである。
■
泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。