電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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米国相互関税がもたらすもの


~日本企業の海外投資にも支援を

2025/4/25

 米トランプ大統領が進める相互関税政策が世界経済に大きな波紋を投げかけている。4月10日には、中国への関税を125%へ再度引き上げるとともに、そのほかの国への発動を90日間延期すると発表した。

 影響を最小限にとどめるため、今後は各国が個別に米国と交渉を進めるとみられるため、不透明な状況は当面続く。また、トランプ氏の当選以降、関税の影響を回避するため、昨秋から対米輸出が活況だったこともあり、米国市場には一定の在庫があるため、仮に発動しても、影響が出るまでには2~3カ月かかる。まずは米国市場をよく観察して情報収集を続けることが重要だ。

 相互関税の目的は「貿易赤字の是正」「米国国内産業の保護」「中国を抑える」の3つだ。トランプ氏にとって赤字は悪で、関税によって収支をプラスに変える。第1次政権時に続いて法人税・所得税を減税し、米国に投資を呼び込む。その好例がTSMCだ。そして、貿易赤字の最大の相手である中国の成長をスローダウンさせていくというのが青写真だろう。

 米国市場は世界のGDPの26.3%を占めており、ここにモノが売れなくなると影響は甚大だ。一般的に世界GDP成長率が1%下がると、電子機器市場には3~5%、半導体市場には7~8%のマイナス影響が及ぶ。現時点で相互関税の影響を定量的に分析できないが、2024年秋以降の対米輸出がある意味「需要の先食い」状態だったことを考慮すれば、回復が期待されていた25年の半導体市場は尻すぼみとなる公算が大きい。OMDIAでは、25年の半導体市場成長率を13.5%と予測していたが、今後の情勢次第で1桁%に下げざるを得なくなりそうだ。

 日本特有の事情として、関税の影響が大きい自動車業界の今後が注視される。米国がTPPから脱退したことに伴い、日米は19年の安倍政権下でTAG(日米物品貿易協定)を締結している。これを軸にして日本政府がどう交渉していくかに注目している。

 半導体は今回の相互関税の対象外だが、電子機器の価格が関税で上がれば、必然的に需要が減ることになる。主に中国で生産されているスマートフォンやPC、データセンター用サーバーなどは半導体需要の60~65%を占めており、影響は不可避だろう。24年は好調だったメモリー市場に対してもマイナス影響が避けられない。

 製造面に関する影響としては「中国向けは地産地消」と「脱中国」という動きがさらに加速し、インドやインドネシア、タイ、フィリピン、コスタリカ、パナマといった国への生産移管が進む。これは日本にとっても追い風で、海外企業が日本に工場進出を検討する機会がさらに増えたり、日本企業の生産が国内回帰したりする可能性があり、投資機会が増加する。TSMCの熊本進出によって、九州にサイエンススパークを作る計画が官民一体で進んでいるが、その実現の後押しになる。

 日本政府は半導体メーカーに対して「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」などを通じて、日本国内に投資する場合にのみ補助金を拠出しているが、今後は相互関税政策などを勘案して長期的視野に立ち、米国やグローバルサウスなど海外への投資に対しても支援する体制を整えるべきではないか。

 相互関税政策の側面として、米国は製造業を国内に取り戻すことでAI革命を起こすことを視野に入れている。このことはバンス副大統領の一連の発言に垣間見ることができ、工場が生み出すデータに価値があると判断しているのだろう。そうした点から判断すれば、GAFAMがデータセンターへの投資をスローダウンさせるとは思えない。GAFAMの24年の設備投資額は約2400億ドル(約36兆円)だったが、25年はこれを上回る額が計画されており、これまでの学習向けに加え、ディープシークの登場も相まって推論向けが今後増えていく。

 関税政策はトランプ政権の肝であるだけに長期戦を覚悟する必要があるが、リセッションを恐れるよりも、それが生み出す影響を日本にとってプラスに作用させる方策を考えていきたい。(本稿は、杉山和弘氏へのインタビューをもとに特別編集委員 津村明宏が構成した)



OMDIA 杉山和弘、お問い合わせは(E-Mail: KAZUHIRO.SUGIYAMA@omdia.com)まで。
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