商業施設新聞
新聞情報紙のご案内・ご購読 書籍のご案内・ご購入 セミナー/イベントのご案内 広告のご案内
第467回

東急(株) 常務執行役員 東浦亮典氏


豪メルボルンの魅力を語る~7年連続暮らしやすい都市1位に納得
都市計画、街中アート、コミュニティなど

2025/2/4

東急(株) 常務執行役員 東浦亮典氏
 本紙で「商いの新しいものさし」を連載中の松本大地氏が主宰する「賑わい創研」は2024年11月、会員メンバーとオーストラリアのメルボルン視察を実施した。目的は英国エコノミスト誌で11年から7年連続で「世界で最も暮らしやすい都市ランキング」第1位に選出されたメルボルンの都市街づくりの探訪だ。その視察に参加した東急(株) 常務執行役員の東浦亮典氏に、渋谷の街づくりや過去に訪れた米国オレゴン州ポートランドの話題も交えて振り返っていただいた。東浦氏は『私鉄3.0 沿線人気No.1 東急電鉄の戦略的ブランディング』『東急百年 私鉄ビジネスモデルのゲームチェンジ』の著書があり、街づくりに対する独特の視点による分析があった。

■「CBD」による賑わいや多様性を実感

―― メルボルンの街はいかがでしたか。
 東浦 7年連続「世界で最も暮らしやすい都市ランキング」に選ばれたメルボルンはそんなにいいのかと思っていた矢先、賑わい創研の視察案内があったので参加した。行ってみると、中心街が「CBD(Central Business District)」と呼ばれる約2×1.5kmの長方形の区域に収まっており、CBDには個性を競うようなデザイン性の高い高層ビルが多いことに驚いた。中には高さ280mの超高層ビルもある。だが、いったんCBDを離れると、突然、豊かな緑が広がる低層住宅地となり、都市計画のメリハリがダイナミックだった。
 メルボルンには2050年まで見据えた長期的街づくり計画「プラン・メルボルン」がある。これによると、現在の人口520万人を800万人近くにするという。コロナ禍以降、人口が急増し、高い経済成長率を維持している。CBDや住宅地開発、MaaSの開発や、環境面やランドスケープを維持しながら、大きく成長していく方針だ。今は計画どおりだが、10年、20年後にプランどおりに進捗するのか注視したい。

―― そのほかに気になったことはありましたか。
 東浦 第2次世界大戦前まで白豪主義を堅持していたオーストラリアだが、メルボルンの街を歩くと多民族国家に変わったことを体感した。特にアジア系が非常に多く、それらが独特なコミュニティを形成している。そして様々な国の料理が楽しめ、どれも美味しい。各国の伝統的な料理だけではなく、創造性に溢れた料理も多い。互いに高め合い刺激することで、新たなアイデアが生まれていると実感した。

■20分で完結できる街を標榜、街中アートに寛容

―― 日本の街づくりで参考になる点は。
 東浦 メルボルンは「20ミニッツシティ」、20分で完結できる街づくりを標榜し、日本のように郊外を住むだけの場所にしていない。必ずしもCBDに来なくても20分圏内で生活できる。
 行政がデータドリブンな街づくりを志向している点も興味深い。CBDの交差点には歩行者検知システムを計87カ所設置している。専用サイトでは今の歩行者の状況と過去のトレンドが分かる。可視化されたデータを基にトラム敷設の計画などに役立てている。また、緑の保全にも意欲的だ。都市の4分の1を緑地とする決まりがある。
 そして中心部のモビリティが充実している。CBD内にトラムが縦横無尽に走り、CBD内は誰でも無料で、CBDから郊外に出ると運賃がかかるシステム。一部トランジットモール化されているので、トラムの横を歩行者が歩き、これが街の賑わいをつくっている。路面商業施設にも高い効果を生み出している。

―― 街中アートも多いようですね。
 東浦 「ミューラルアート」「グラフィティ」と言われるものがたくさんある。ロンドンやパリなど世界の街には街中アートがある。一方で、日本では落書きとして通報されることもあり、渋谷ですら落書き禁止の位置づけだ。

―― 歩踏み出すには。
 東浦 街の人がそれを受容することが必要だ。一定レベルまで達するとアートになり、人が見に来る。もちろんアーティスト側も描きたいから勝手に描くのではなく、街の人とのコミュニケーションや一定のルールが必要だ。また、クリエイティビティを発揮する場として若者の育成という視点が都心にあって然るべき。海外ではビルオーナーが所有するビルへのペイントを認めていることも多い。行政が認めるなど日本でも早くルールができればいい。

―― 海外は参考になる事例が多いですね。
 東浦 ただ日本の街づくりは米国を追い過ぎていた気がする。都市の規模や歴史、文化性を考えると、ヨーロッパの都市の方が参考になる面が多いのではないか。昨年1月、パリを訪れたが、中心市街地のつくり方に学ぶべきところが多々ある。日本では1階が店舗、2階以上が住宅のいわゆる下駄履きマンションは価値が下がるとのイメージが根強い。パリは都市のルールの中に1階は物販やカフェ、ギャラリーにするルールがある。すると街歩きが楽しくなり、人が集まる。
 また、環境やランドスケープと社会性、居心地の良さの点では北欧も参考になる。

―― 日本で注目しているエリアはありますか。
 東浦 グラングリーン大阪は、ビルを建てたくなる場所にグリーンをふんだんに使った空間として人を呼んだことが興味深い。また20年ぶりに訪れた松山市は、道後温泉エリアなど中心市街地に活気があった。特にローカル色のある店が頑張っている印象だった。

■目立つリノベ施設、ローカルブランドにも活気

―― メルボルンで気になった商業施設は。
 東浦 「バーウッド・ブリックワークス」という郊外型NSCが非常によくできていた。ニュータウンと商業施設をセットでつくったのではないか。特に感心したのが環境面。最初のコアコンセプトから環境共生を意識している。サーキュラーエコノミーへの取り組みや、屋上を農園として、地域住民が参加しコミュニティづくりに貢献していた点だ。
 また、築100年超の建物は壊さずに活かす決まりで、リノベーション施設が多い。例えば古い電力水道施設をカフェにして人気となっている。
 また、オリジナル商品を持つローカルブランドが元気だった。個人経営のカフェや魅力的な店舗がたくさんあり、世界的チェーンのカフェ店がすいていたほど。日本はチェーン店礼賛のきらいがある。少し割高かもしれないがローカル店を買い支えるなど一人ひとりの消費行動によってローカル産業を成長させると、事業者からの税収が入り、地元が潤い、外部から人を招く好循環が生まれる。

■都市は生き物、手を抜くと街は衰退リスクはらむ

―― メルボルンは米ポートランドに似ている点が多い気がします。
 東浦 ポートランドは先進的かつクリエイティビティ溢れる素晴らしい街で何度か訪れたが、20年以降、パンデミックや暴動により、ホームレスが増え、街が荒廃した。先日ポートランドに行った人に聞くと、輝いていた中心街は治安が悪化して歩けず、かつての姿は見る影がない。
 中心部がスラム化し始めると所得のある層が郊外に行き、ますます荒廃する。都市経営に携わる立場からすると、都市は生き物なので、いつまでも順風満帆ということはなく、手を抜いた瞬間、様々な負の要因で、とたんに衰退してしまうと感じている。メルボルンも人口流入で、経済が好調だが、一方で不動産価格が高騰し、これが行き過ぎて好循環が逆回転し始めると、ポートランドの二の舞にならないとも限らないと痛感した。
 渋谷もかつてはオフィスがなく、商業ばかりだったのが、再開発の進行で街が大きく変化し、就業者やIT系の比較的所得の高い層が増えるなど、街が確実に変わってきた。だがオーバーツーリズムで負の面もないとは言えない。誰かが思いを持ってきちんとマネジメントしないと、荒廃してしまうリスクは渋谷にもある。


(聞き手・特別編集委員 松本顕介)
商業施設新聞2580号(2025年1月21日)(4面)

サイト内検索