JPI(日本計画研究所)主催の特別セミナーで、経済産業省商務情報政策局 ヘルスケア産業課 企画調整係長の藤岡雅美氏による「消費税8%決定、プログラム法案提出等新たなステージに入った健康サービス事業の創出・医療の国際展開等新年の重点施策~インセンティブ構造の設計、制度的課題の解消、拠点化の推進等々~」と題する講演が行われた。藤岡氏は、1.健康・医療関連分野の日本再興戦略のターゲット、2.健康産業の創出に向けた取組み、3.医療機器・サービスの国際展開の順で講演を進めた。
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◆市場拡大と医療費・介護費効率化の両立へ
藤岡氏は、まず、「1.健康・医療関連分野の日本再興戦略のターゲット」として、現政権が打ち出した第一の矢(大胆な金融政策)、第二の矢(機動的な財政政策)と並ぶ第三の矢(新たな成長戦略:日本再興戦略)の戦略市場創造プランに位置づけられた「健康寿命延伸産業の育成」について解説した。
健康寿命延伸産業は、予防・健康維持、治療、介護・自立支援の領域にわたり、まず、予防・健康維持の領域においては、公的分野(健診などの医療保険対象)と保険外の(1)予防・健康維持サービス、関連機器(具体例:運動指導、食事指導サービス)で構成され、(1)のサービス・機器により公的分野の費用の効率化を誘導するとともに、市場の拡大を図ろうという試みである。
◆「グレーゾーン」の存在と事業可否の明確化
ここでの課題は、法律との関係が不明確で企業が参入を躊躇する分野あるいは、消費者にとってサービスが信頼できるものか判断しにくいという部分、つまり「グレーゾーン」の存在がある。その対応策として、事業が可能であることの確認・明確化、公的部門との連携についての環境整備、ベンチャーに対する支援(資金調達、税制)を示し、その一例として、効能が曖昧なトクホ(特定保健用)においての定義、範囲の明確化を挙げた。
◆安価な介護機器の開発とリースで普及支援
介護・自立支援領域は、公的介護と(3)介護支援機器/生活支援サービス(具体例:ロボット介護機器、配食・見守り・通院支援・家事代行等)で構成され、(3)により公的介護の費用効率化を達成しつつ、市場の拡大を目指すものである。その課題である高価で使いにくい介護支援機器、公的機関との連携や情報共有が不十分、消費者にとってサービスが信頼できるものか判断しにくいという現状に対し、安価で使いやすい機器の開発支援、リースによる普及支援、公的部門との連携、情報共有を促進する。
例えば、被介護者を移動させるための500万円ものヒト型ロボットは普及していないが、それは、現場における介護者や被介護者の気持ちからの乖離とコストなど、ニーズとシーズのミスマッチの結果である。現在では、「被介護者を移動させるだけであるのなら」、10万円程度の介護者の作業負担を軽減する器械で十分、という認識へと方向性が変化している。
◆4兆円市場を20年に10兆円へと拡大
(1)と(3)による市場拡大の目標として、現状の市場が4兆円程度であるところを2020年に10兆円へと引き上げる。公的分野の費用を効率化しながら、大きな市場創出目標を掲げている。
◆治療領域では16兆円を20年に26兆円へ
治療の領域においては、(2)医薬品/再生医療(具体例:再生医療用細胞培養シート)/医療機器(具体例:次世代放射線治療機器)の開発推進と、パッケージ輸出により、現状16兆円の市場を20年には26兆円へと拡大させる施策である。
この(2)の課題として、最先端医療機器・研究成果の実用化の遅れ、パッケージで輸出するための連携体制の不足がある。その対策として研究成果の実用化の障害となっている制度・規制の見直し、開発から実用化までをつなぐ体制の整備、医療機関・機器メーカーなどからなる国際展開の中核組織の創設がなされている。
◆医療37兆円の半分を70歳以上の高齢者が消費
藤岡氏は、次いで「2.健康産業の創出に向けた取組み」として、(1)と(3)の詳細、グレーゾーンの解消策について解説した。
その背景として、10(平成22)年度に37兆円を突破した国民医療費は、15年度には45兆円、25年度には60兆円(うち公的負担25兆円、現在の一般会計税収の6割に相当)に増大する見通しであること、また、10年度の国民医療費の年齢別費用は、0~14歳が14.4万円、15~44歳10.6万円、45~64歳26.8万円に対し、65歳以上70.3万円、70歳以上79.5万円、75歳以上87.9万円となっており、37兆円の約半分の17兆円を人口の16%に当たる70歳以上の高齢者が消費しているという現状がある。
◆保険外のサービスで健康寿命延伸と医療費抑制
こうした現状に対し、生活習慣病などの慢性期医療にかかる費用を、予防・疾病管理にシフトすることにより、健康寿命を伸ばし、健康で長生きできる社会を目指す。具体的には、公的保険外の運動・食事指導サービスなどにより、国民のQOL(生活の豊かさ)の向上を図り、個人の一生にかかる医療費総額を抑制する方向へと社会システムを誘導することで、市場を拡大しつつ、医療/介護保険制度への不安、財政負担の増大への不安の解消を図る。
公的保険外の健康サービスは、移送・外出支援、家事(買物)支援、配食、栄養指導、運動指導、団地の活用・健康住宅などがイメージされ、この健康サービス/健康産業を創出する際の課題として、慢性期・看取りの場合、医療および介護事業者と、周辺サービスの事業者との業務提携や業務連携約款の整備・ルールの策定、後見人制度・信託制度の創設、コーディネート機能(医療・介護機関と民間事業者の連携をサポートする商社的機能)と地域資源(スポーツ施設、地域施設/コミュニティなど)との業務提携などがある。サービス提供の側面では、事業参入者の拡大/人材育成、保険者とサービスを受ける個人の間では、保険商品の開発やサービスの強化、また、保険者は医療・介護周辺サービスに対し、サービス品質基準/事業者認証を付与することが求められる。
特に企業の健康保険事業は、企業経営側の意向、影響に左右されるが、社員食堂のメニューを工夫することで健康改善と医療費削減/健保負担の軽減を実現したタニタをはじめ、先進的な取り組みを行うローソン、日立、パナソニックの名を挙げた。
◆医療・介護周辺サービスは6.4兆円市場
公的保険外サービスにかかる期待として、例えば糖尿病の重症化が進んだ場合、年間500万円の医療費と週3回の透析が必要となり生活の質も大幅に低下する。しかし、健常者・予備軍に対する予防・健康管理に対する投資拡大、重症化予防サービスの充実(健常者・糖尿病予備群・通院患者などを対象とする、公的保険外の運動・食事指導サービスの活用)といった公的保険外のサービスにより、糖尿病と、高血圧性疾患、運動機能障害、摂食障害を合わせると、年間4兆円の市場創出と、1兆円の医療費削減効果が見込まれる。
日本総合研究所の試算を元に経済産業省が作成した医療・介護周辺サービスによる効果として、産業創出効果6兆4000億円(▽生活習慣病予防サービス:運動2534億円・健康管理95億円、▽重症化予防サービス:運動1700億円・栄養8500億円、▽介護予防サービス:介護予防(運動・栄養)254億円、▽在宅生活支援サービス:リハビリ4億円・配食2900億円・外出支援1540億円、▽胃ろう予防のためのリハビリ・食事(嚥下障害予防)等サービス192億円、▽高血圧疾患予防サービス:運動7700億円・栄養3.8兆円)が生まれる。さらに、これにより国民のQOLが向上する結果、介護費2000億円、医療費3兆5000億円の削減効果が見込まれるとしている。
◆産業競争力強化法とヘルスケア産業協議会
今後の対応の方向性として、公的保険外の予防・健康サービスは多種多様である。供給サイド(各種製品・サービス)への対策としては、医療行為やその他規制を受ける行為と事業活動の関係が不明確(いわゆるグレーゾーンの存在)、製品・サービスの品質を訴求するための基準や仕組みが不在であり、需要サイド(企業経営層・従業員含む国民各層)への対策としては、製品・サービスを利用することの意義・効果が認識できていないことがある。これらを踏まえて、(1)グレーゾーンの解消(産業競争力強化法の活用)、(2)第三者認証を活用した品質評価、(3)企業による事業者への健康投資の拡大といった方策を示した。
産業競争力強化法案は、事業者が事業所管大臣に規制の解釈・適用の有無の確認を求め、その事業所管大臣はこれを受けて、規制所管大臣に確認し、その回答の内容を、事業所管大臣を経て事業者へ通知するフローを描く。特に、公的領域である医療・介護分野との関係が深く事業者のニーズが大きい分野については、関係省庁が連携し、ガイドラインを策定する。また、「次世代ヘルスケア産業協議会」では、幅広く事業者のニーズを把握し、グレーゾーン解消制度の活用へとつなげていく仕組みとなっている。
藤岡氏は、日本再興戦略の実行を図るための、実行体制の確立(5年間で施策を集中実施、確実に実行すべき当面3年間の計画作り・毎年見直し、実行すべき制度改革ごとに、実施期限・担当大臣を決定、遅れや不足が生じた場合、担当大臣は理由を説明し、追加的な措置を講じる義務を負う)、規制改革(企業実証特例制度(通称)、グレーゾーン解消制度(通称))および国家戦略特区/規制改革会議との相互連携、産業の新陳代謝(ベンチャー投資の促進、事業再編の促進、先端設備投資の促進)および税制措置(設備投資、事業再編、ベンチャー支援など)との連動、その他の関連施策(地域中小企業の創業・事業再生の支援強化、国立大学法人などによるベンチャーファンドなどへの出資、中小企業などに対する国内出願、国際出願の際の料金減免の特許法の特例、産業革新機構によるベンチャー投資の迅速化、早期事業再生の促進(私的整理の円滑化))といった、産業競争力強化法のフレームを説明した。その上で、事業者による運動・食事指導、簡易検査、健康管理に資するレセプトデータなどの分析といった、個別事例におけるグレーゾーンの実情の紹介に移った。