GEヘルスケア・ジャパン(株)(東京都日野市)が2月12日に開催した第8回ヘルシーマジネーション・カレッジにおける、一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所(CIGS) 研究主幹・経済学博士の松山幸弘氏の講演「アベノミクスと医療改革」の連載2回目は、先進のメガ非営利ホールディング・カンパニーIHN(Integrated Healthcare Network)の実像、日本への移植のスキームと展望を中心に伝える。松山氏はまず、いくつか挙がっている候補の中から、メガIHNのビジネスモデルを1つ立ち上げ、その後、3つまでモデルを増やすことを明かした。
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◆持分あり医療法人は非営利性侵害で不可
非営利と株式会社のホールディング・カンパニーを比較すると、利益の還元先は、非営利親会社の場合、事業展開している地域の住民であり、株式親会社の場合は株主(特定の個人)となる。非営利のケースでは、親会社が医療・介護・福祉のサービス提供部門をすべて包含し非営利子会社を持たない型、非営利親会社が経営戦略部門のみの型、両者中間の型の3通りある。また、非営利ホールディング・カンパニーIHNの中に持分あり医療法人を含むことは、非営利性を侵害するため不可である。
持分あり医療法人が形成するグループ事業構造の事例として、特定個人グループが、補助金・非課税優遇を受けている社会福祉法人ないし社会医療法人を併営しつつ、共同購買、コンサルタント料、役員ベネフィットなどを通じて法人間で利益調整し蓄財しているケース(実態として営利事業体)を示し、違法ではなく営利目的経営者としては賢明な選択であるが、しかし、アベノミクスにおける、政策支援対象のセーフティネット事業体としては不適格としている。
◆利益は特定個人ではなくすべて地域社会に還元
続いて、非営利IHNの組織に関して、ホールディング・カンパニー機能は米国にあり、日本、オーストラリア、カナダには存在しないが、日本でも認めて良いのではないかとの考えを示した。非営利IHNの事業構造別では、医療提供部門と保険部門の連結経営で3類型(医療が保険より大、小、同規模)と非連結経営1類型の計4類型がある。4類型の共通点として、非営利要件で利益は特定個人ではなくすべて地域社会に還元され、売却された場合の財産帰属先は地域社会ないし政府となる。グループ形成では、中核非営利会社傘下に非営利ないし株式子会社、医療提供部門と保険部門は非営利会社、株式子会社は医療周辺事業で企業との合弁もある。組織求心力では、中核非営利会社による非営利子会社のコントロールの源は、出資関係ではなく経営幹部に対する人事権、重要な経営意思決定は中核非営利会社に一元化されていると分析している。
ホールディング・カンパニーの事業ポートフォリオによる分類では、事業を兼営するカンパニーと、純粋に戦略企画本部機能のみの2タイプがあり、また、非営利ホールディング・カンパニー首脳の人事権は地域社会などの第三者が有する。
◆非営利会社は上場企業並みの経営組織
基本的な米国の非営利IHNの事業構造を示すと、理事会(無報酬)が中心となる親会社機能を有する非営利会社(経営企画、人事、情報システム、購買・物流、財務、資産運用など上場企業並みの経営組織)のCEOほか経営執行役員に経営を委任。その非営利会社は、子会社・事業拠点群(病院、外来診療所、直接雇用医師グループ会社、リハビリ施設、画像診断・検査センター、介護施設、介助付き施設、デイケアセンター、フィットネス、ホスピス、集中物流センター、医療保険会社、臨床研究所、医療専門人材養成カレッジ、臨床治験会社、寄付金管理財団など)を管理する。これら子会社・事業拠点群は、地域の独立開業医の能力審査を行い、オープン方式施設利用契約に基づいて、患者紹介を受けるとともに、研究開発フィールドを外部企業に提供する。この場合、親会社機能を有する非営利会社と外部企業との合弁事業となる。
理事会は、地域住民に対して世界標準のサービス提供や貧困者に慈善医療を施し、地域住民代表の評議員会から理事選考委員会に参加する。州政府との関係は、非課税優遇を受けるが、補助金も経営介入もない。
◆UPMC、社会貢献に年6.22億ドル拠出金
UPMCは、米国ペンシルベニア州(人口1300万人)のピッツバーグを中心とする南北260km、東西200kmのアルゲニー郡を医療圏(人口約400万人)とし、病院20(病床4500)、外来診療所や介護施設など400施設以上を展開する。UPMCはアルゲニー郡で60%の医療市場シェアを持つが、独禁法に抵触するため、同一医療圏にライバル非営利IHNが存在する。非営利IHNは、雇用創出と地域間競争のインフラという側面もある。
ペンシルベニア州政府は、ピッツバーグ大学(収入20億ドル)に対し補助金1億7600万ドルを供与し、同大学はカーネギーメロン大学(収入10億ドル)とともに、地域全体で研究開発と市場創造に取り組む。この活動に対し、UPMCからの研究資金に加え、NIH(アメリカ国立衛生研究所)を経由した連邦政府からの研究資金が投入され、世界中から企業・研究機関が参加する。
UPMCは、ピッツバーグ大学から理事11人の派遣を受け、医師と研究者の交流も行う。UPMCは、収入102億ドル(13年6月期)、医療保険子会社加入者数210万人、職員数5万5000人(うち直接雇用医師3200人)、臨床研究で医師・科学者約7000人を一元管理、地域経済への波及効果試算値217億ドルを誇る。社会貢献拠出金は、6億2200万ドル(12年6月期)にのぼり、慈善医療2億3800万ドルを充て、研究・教育に2億8800万ドル、地域健康プログラムなどに9600万ドルを拠出している。
◆海外へもがんセンターや先端医療を展開
1996年から海外へ進出しており、イタリア(臓器移植国立病院とバイオ研究所の運営)、アイルランド(がんセンター2、病院1)、キプロス(がんセンター)、カタール(救急医療システム)、カザフスタン(国立がんセンター)、シンガポール(臓器移植ほか先端医療技術マネジメント)、英国(医療情報システムのノウハウ提供、がんセンター)、中国(検査機関にピッツバーグ遠隔病理診断コンサルティング)、日本では飯塚病院に研修プログラムおよび指導医を提供する。UPMCのがんセンターは、米国内に外来がんセンター37、がん中核病院1、がん専門医180人を擁し、海外拠点数は上記の3カ国4カ所がある。
◆Mayo Clinicはバイオ・医療755社が連携
Mayo Clinicを核とするMayo Medical School、Mayo Clinic Health Systemのグループの医療産業集積を見ると、Mayo Clinicは、収入88億ドル(12年12月期)、経常利益4億ドル(経常利益率4.5%)、研究への拠出6.3億ドル、医師以外の職員数5万3600人、医師および科学者4100人+研修医3450人を誇る。Mayo Clinic Health Systemは、別法人の地域医療ネットワークとして92年に設立され、医療圏内のコミュニティ70、医師900人が参加する。この3組織を中心とするグループに対し、研究開発において、バイオ・医療関連の企業755社が連携している。さらに、この体制にミネソタ大学の医学部と各種研究機能との共同研究や、ミネソタ州政府の産業振興政策が加わる。
◆株式会社病院は臨床研究の推進役に不向き
こうしたアメリカの先進IHNと比べると、日本の大学附属病院は弱小零細事業体に過ぎない。例えば、国立大学45病院と6医療センターの合計病院収入8887億円に対し、UPMCは1地域で1兆円となっている。松山氏は、附属病院を分離しメガ医療事業体を創ることこそが大学ブランド戦略であると提唱している。
株式会社病院は、ある程度普及した治療方法のうち、利益率が高いものに特化し、新製品使用は黒字転換するまで延期する。また、稼げる一人前の医師とのみ契約し、医師教育コスト負担もしないため、臨床研究の推進役にはならない。
◆大学病院・国公立病院統合でメガ非営利IHNを
この市場の失敗をカバーするのがメガ非営利IHNだ。その経営では、ブランド向上のために不採算最先端医療に取り組むことで優秀な人材を集積し、最先端医療の赤字を埋めるために一般医療で稼ぎ、全体で黒字を達成することが求められる。
アベノミクス成功への貢献から見たヘルスケア事業体におけるホールディング・カンパニー機能付与の4つの視点、(1)医療産業集積の核となりうるメガ非営利事業体(IHN)の創造、(2)社会医療法人と社会福祉法人を合併させて一層の事業拡大促進(地域包括ケア)、(3)過疎地の事業体が合併し地域医療包括ケアを担う非営利事業体に、(4)既存の複数医療法人経営グループの追認による経営力強化支援(県境を越えた買収合併時の病床規制抵触回避、海外進出のための株式子会社設立)の重要性を示した。
日本の医療・介護・福祉改革の方向として、大学附属病院・国公立病院が地域統合した非営利医療“公益”企業(事業規模1000億円超、ホールディング・カンパニー機能付与)を設立し、オープン方式で開業医など地域人材をフル活用するとともに、中核的な社会医療法人/社会福祉法人(事業規模100億円超と非営利性の徹底)と、情報共有や人材プール・育成などで業務提携を図る。
◆保険者は連結経営データベース構築を
非営利医療“公益”企業は、大学との連携、企業との合弁事業を手がける。また、非営利医療“公益”企業や中核的な社会医療法人/社会福祉法人が持つ株式会社に対する優位性を保つため、地域住民は寄付や成年後見委託を行う。政府は保険者と財源調整を図りながら、非営利医療“公益”企業や中核的な社会医療法人/社会福祉法人のグループに公費の重点配分を行うとともに、保険者はグループと実質連結経営データベースを構築し、Population Health(予防による地域住民の健康向上と医療費節約)を目指す。これら以外に、地域のその他の医療法人と競争ないし連携、その他の社会福祉法人に対して経営指導を行い、共同評議委員会機能を付与し、その法人の解散時には残余財産をグループに帰属させる。
◆Population Healthで保険者が利益を享受
このあと、松山氏は、Population Healthの概念と経緯、日本を除く先進諸国の医療IT投資(05年~)やスマートフォンの普及による個別健康管理指導の利便性の向上、Sentara Healthcareの取り組み(15年ごろの手法確立目標)を解説しながら、Population Healthの2種類について説明した。米国のIHNによる手法では、保険者が被保険者集団単位で行い、日本における担い手の有力候補として健保データベースを挙げた。もう1つは、オーストラリアやカナダのタイプで、実施主体が政府となり、日本での担い手の有力候補は国保データベースとなる。いずれの場合にも、予防への注力により対象人口全体の健康向上と医療費削減の達成、Population Healthの経済的便益は保険者が享受、データ集積作業は医療提供者が行う。したがって、保険者と医療提供事業体が連結経営する仕組みが必須要件である。
Sentara Healthcareは、Population Healthと関連が深いICT基盤の構築や、スマートフォンを活用した医療サービス(検査結果閲覧、処方箋更新、診療予約と予約再確認、医療スタッフとの交信、家族の健康管理指導)などを紹介。さらに、14年に登場予定のMercyの医療ICT活用専門病院、GEのシステムを導入したVirtuaの完全ペーパーレス化、中間卸販売を排除した物品管理システムなどを紹介した。
◆3つのメガ非営利IHNの設立を目指す
松山氏は、長野県では、JA長野や県国保連が早くから保健活動を展開し、長寿で医療費は低いが、今後、保険者がIHNと連結会計となり、Population Healthを全国で取り組めば、5兆円もの医療費削減が可能との予測があるとした。地域で大型医療機器を共有し、その余剰で人件費を手厚くするという選択肢もある。一方で、自治体病院には年間で7500億円もの補助金が投じられている。
地域のIHN的、ホールディング・カンパニー的な医療システムの優位性に気づいている人は、すでに実践している。いい医療システムの法人を残しながら、まず、国内にメガ非営利IHNのビジネスモデルを1つ作るべきであり、すでに候補がいくつか挙がっている。さらに、世界で戦うために、メガ非営利IHNのモデルを3つぐらい立ち上げると展望を述べた。