電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第35回

太陽電池の価値を考える


発見から半世紀を経て本格普及、新しいコンセプトも登場

2014/3/7

 2012年7月に始まった固定価格買取制度の導入により、我が国の太陽光発電市場は、バブルを彷彿とさせる活況を呈している。経済産業省の認定を取得した設備容量、つまり固定価格買取の権利を獲得したプロジェクトは13年10月末の段階で24GWを超えている。認定容量に対する稼働率は2割程度にとどまるが、発電した電力を固定価格で買い取るという約束が、いかに導入促進のカンフル剤になるかを証明するかたちとなった。もっとも、20年間にわたり、高い価格で電力を売ることができるわけだから、事業者にとっては決して損をしない(よほどの異常気象にならない限り)、利回りの良いビジネスということになる。このように、儲かる、儲からないでフィーバーする太陽光発電産業だが、一体、太陽電池の本当の価値とは何だろうか。太陽電池開発の歴史を振り返りながら、太陽電池のあるべき姿を考えてみたい。

 ある物質に光が当たると電気が発生する、いわゆる光起電力という現象を発見したのはフランスのベクレルだが、現在の太陽電池の原型となるpn接合型結晶シリコン太陽電池は、今から半世紀以上前の米国ベル研究所で産声をあげた。シリコン・トランジスタの開発に用いた拡散技術の応用を考えるなかで、太陽電池のアイデアに辿り着いたという。実質的な太陽電池の開発の歴史は、この瞬間(1954年)から始まったと言って良いだろう。

ベル研究所が開発した太陽電池(出典:Bell-Labs website)
ベル研究所が開発した太陽電池
(出典:Bell-Labs website)
 当時、ベル研究所は僻地の電話設備用の電力供給源として、既存のディーゼル発電機や乾電池に替わる新しい電源を探していた。そこに華々しく登場したのが太陽電池である。当然、太陽電池はベル研究所の母体であるAT&Tの救世主になるかと思われた。が、結果は、見事な空振りに終わる。原因は色々あるだろうが、最大の要因は、「W当たり数百ドル」という桁外れに高いコストだった。仮に当時の価格で一般的な家庭に太陽電池を設置した場合、そのコストは150万ドル(参照:『世界の技術を支配するベル研究所の興亡』、ジョン・ガートナー著)というから、さすがにこれでは汎用品として普及するはずがない。時は流れて現在。結晶シリコン太陽電池の価格はすでにW当たり1ドルを切っている。これを見た当時のベル研究所の研究員は何を思うだろうか。


 先の大震災以来、我が国でも再生可能エネルギーの1つとして、太陽光発電が再評価されている。確かに、太陽光発電には多くの利点がある。元になる太陽エネルギーはこれまでも、そして、これからも永久に無料だし、この先50億年は安心して利用することができる。もっとも、50億年というのはあくまでも太陽の寿命であって、我々が住む地球はあと10億年程度で生命体が存在できない超高温の惑星になると考えられている。しかし、何も今から10億年先の心配をする必要はないだろう。

 安心、安全なエネルギーというのも太陽光の大きな魅力だ。ただし、太陽光が安全なエネルギーというのは、地球と太陽の距離が1億5000万kmと途方もなく離れているからだ。太陽光は太陽の中心部で起こっている水素核融合反応の産物なので、れっきとした核エネルギーだが、この距離が放射線の影響を軽減している。また、地球の大気や地場も太陽からやってくる強力なエネルギー(太陽風など)の侵入を防いでいる。仮に、太陽との距離が縮まったり、地球の磁場がなくなると大変なことになる。


 地球に降り注ぐ太陽光エネルギーは、m²当たり約1.3kWだが、これが地表に届くころには、大気の吸収や反射などで、1kw程度に減少する。太陽光発電を否定的に論じる根拠の1つに、このエネルギー密度の低さが挙げられるが、だからこそ安全なエネルギーだということを再認識した方がいい。太陽光エネルギーの密度を上げる方法としてはレンズなどを用いた集光型がある。もしくは、大気圏外に出ていく(宇宙太陽光発電)という選択もある。いずれにしても、地球に降り注ぐ太陽エネルギーは、太陽が宇宙空間に放出している全エネルギーの20億分の1なので、その気になれば、利用できる太陽エネルギーは無尽蔵にある。

住宅用はここから始まった

 「住宅の屋根に太陽光発電」というのは、今では当たり前の光景となっているが、世界に先駆けて、住宅用太陽光発電の普及に取り組んだのが日本である。我が国では、94年に新エネルギー財団(NEF)による補助事業「住宅用太陽光発電システムモニター事業」がスタートし、これを機に住宅用太陽光発電の導入が急速に増えた。そして、97年には米国を抜いて、累積導入量トップに躍り出た。しかし、10年続いた同事業が05年に終了した途端、導入件数は減速することになる。「もうひとり立ちできるだろう」と突き放したものの、まだまだヨチヨチ歩きの赤ん坊だったことを思い知ることになる。

住宅用太陽光発電は新たなステージへ(写真はセキスイハイムのゼロエネルギー住宅)
住宅用太陽光発電は新たなステージへ
(写真はセキスイハイムのゼロエネルギー住宅)
 ちなみに、00年における日本の累積導入量は330MWで、2位のドイツ(89MW)を大きく引き離すダントツの1位だった。一方のドイツは、FIT(固定価格買取制度)を追い風に、急速に導入量を増やし、04年には日本と並ぶ導入量を達成し、05年にはついに日本を抜いて世界最大の市場に躍り出た。市場停滞に危機感を抱いた経済産業省は、08年度末から補助事業の再開を決定したが、現金なもので、補助が再開されるや否や、導入件数は再び上昇を始めた。10年度には19万件超、11年度には30万件超、12年度には32万件超の申請が受理された。同補助事業は13年度で終了する予定だが、13年度についても、2月の時点で20万件超が申請済みとなっている。ちなみに、94年当時の住宅用太陽光発電のシステムコストはkW当たり200万円と高額だったが、13年には新築で40万円、既築でも43万円を実現している。この20年間でコストは5分の1に下がった。

 今でこそ、一般的な住宅用太陽光発電のシステムコストは国産乗用車並みまで下がっているが、かつては、欧州の高級車を購入する勇気が必要だった。ところが、自分の住宅の屋根に太陽電池を載せるのも大変な時代に、電力会社の送電網に接続(系統連系)するという偉業を成し遂げた人物がいる。元三洋電機社長で、現在、太陽光発電技術研究組合(PVTEC)の理事長を務める桑野幸徳氏である。桑野氏は、発電性能、コスト、法規制といった多くの課題を克服し、92年、ついに大阪の自宅の屋根で日本初となる系統連系型住宅用太陽光発電システム(1.4kW)を完成させた。高級外車1台分という設置費用も自ら捻出した(参照:『なぜ、日本が太陽光発電で世界一になれたのか』、NEDO著)。これを出発点に、我が国の系統連系型住宅用太陽光発電は着実に成長を続けている。

 自らの家屋を実験台に、系統連系型太陽光発電システムの実証試験を始めた桑野氏だが、それに先立つ3年前の89年に提唱したのがGENESIS計画である。GENESIS(Global Energy Network Equipped with Solar cells and International Superconductor grids)とは、米国NASA流の実にクールなネーミングだが、読んで字のごとく、超電導ケーブルで世界中を結び、世界中で発電した電力を世界中で分け合うというアイデアである。これにより、「夜間、曇天時に発電できない」という、太陽光発電の致命的な欠点を克服することができる。しかし、提唱から四半世紀を経た今でも、実現する気配はない。最大の要因は、送電ロスのない超電導ケーブルの実用化といった技術的な問題だとは思うが、いまだに国家間の紛争を克服できない、人間の理性の低さが大きな障壁になっていることは明らかだ。

太陽電池は何を目指す

 12~13年の2年間は成長率は鈍化したものの、世界の太陽光発電市場は成長を続けており、14年は13年比3割増の49GWの導入が見込まれている。しかし、普及を後押しする補助政策にも限界がある。累積で35GWの導入を果たしたドイツはすでに買取制度が終息に向かっており、日本も早晩、同じ道を辿る。固定価格買取のような支援施策に頼らずに太陽光発電の普及を図る方法として、グリッドパリティの実現、HEMSやBEMSといった各種エネルギー・マネジメント・システムの導入、見回りやセキュリティーといったエネルギー以外のサービスとの融合など、様々な取り組みが提案されている。ただ、明確な進路が示されているわけではない。「喉元過ぎれば」ではないが、性懲りもなく、再び原子力発電依存に向かう可能性もある。

 民生利用を考えた場合、最大のモチベーションになるのは、やはり価格だろう。あれば便利だが、逆に無くても困らないだけに、最後は購買意欲をそそるような価格設定が重要となる。さらに、利便性も重要なファクターになる。利便性で言うと、太陽電池の使い勝手は、まだ改善の余地が多く残されている。例えば、現在のような直流⇔交流の変換プロセスは決して理想的とは言えない。

 太陽光発電の有望な市場として農業や自動車分野が注目されている。なかでも、軽量&フレキシブル、シースルーといった特徴を持つ有機系太陽電池は農業や自動車との親和性が高い。農業利用については、13年3月に農水省が農地の一部転用を承認したことで、農地での太陽光発電の導入が加速すると期待されている。国内の農地面積(約450万ha)のうち、10%に太陽光発電を設置すれば、国内総電力量の3割程度を賄うことができるなど、農地の持つポテンシャルは大きい。シースルー型の有機太陽電池であれば、光合成に必要な670nm付近の光は透過し、それ以外を発電に活用することで、農業生産と発電を両立することができる。

車載用有機薄膜太陽電池(三菱化学)
車載用有機薄膜太陽電池(三菱化学)
 電動化が進む自動車にとっても、太陽電池は貴重なエネルギー供給源となる。三菱化学では、一般的な自動車に最大で5m²程度の太陽電池の設置が可能と見積もっている。樹脂基板を用いた軽量な有機薄膜太陽電池であれば、5m²の面積でも重量は3~4kgにとどまる。そして、5m²の面積があれば、モジュール変換効率を10%と仮定して、500Wの発電量が期待できる。これを蓄電池に2時間充電すれば、1kWhの電池容量が確保でき、太陽光エネルギーで発電した電力だけで、10km程度のモーター走行が可能になると試算する。自動車への設置方法としては、フィルム型の太陽電池を車体に貼り付ける、もしくは車体に直接、太陽電池を塗布成膜する、といった方法が検討されている。

 最後にもう1つ。太陽電池は燃料の供給が不要で、稼働時の排出物もゼロだが、今後、製造コストの大幅な低減(結晶シリコンの場合)は難しいと指摘されている。一方、本格的な普及が期待される燃料電池も生成物は水のみという、クリーンなエネルギーだが、燃料である水素の供給が必要で、さらに、コスト要因となっているPt触媒の代替が見つからない限り、大幅なコストダウンは難しい。

光燃料電池の概念図(千葉大学)
光燃料電池の概念図(千葉大学)
 こうしたなか、太陽電池と燃料電池の「良いとこ取り」をした「光燃料電池」という、新しいコンセプトの発電デバイスも提案(千葉大)されている。「光燃料電池」は、TiO2とAg/TiO2という2つの光触媒を電極に用い、水(厳密には薄い塩酸水溶液)を燃料に、太陽光のエネルギーで発電することができる。TiO2やAgといった、比較的安価な材料を使用するため装置コストが安く、理論的には3Vという高い起電力を得られるのも大きな強みである。水と酸素がセル内で循環(水の光酸化&光還元)するため、燃料供給が不要(完全自立型)で、燃料貯蔵や安全性を心配する必要もない。これまでに、1.3cm²当たり14μWの出力、1.59Vの解放電圧、74μAの短絡電流を実証している。電極材料の最適化やセル開発といった技術課題も多いが、実用化できれば、大きなインパクトになるはずだ。

半導体産業新聞 編集部 記者 松永新吾

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