電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第599回

光学フィルムの国内投資が活発


日本メーカーの生産能力拡大が進む

2025/4/25

生産拠点の他用途展開が進められたが…

 近年、ディスプレーの生産拠点が他の用途に展開される流れが加速した。日本では、シャープの大型液晶ディスプレー事業からの撤退と生産拠点のデータセンター(DC)への転用が大きなニュースとなった。また、ジャパンディスプレイ(JDI)は、「ディスプレー一本足打法からの脱却」を宣言し、保有施設のDCへの転用やガラス基板技術を用いて半導体分野へ参入することを発表、さらに旗艦工場の茂原工場(千葉県茂原市)の生産を2026年3月までに終了し、AI DCとして売却する方針も明らかにした。

 セイコーエプソンは、高温ポリシリコンパネルの製造拠点である千歳事業所(北海道)の空きスペースをラピダスに貸与し、23年3月に経営破綻した印刷式有機ELディスプレー(OLED)を生産していたJOLEDの旗艦拠点は、TOPPANに売却されて半導体向け事業などに転用されることとなった。海外でも、台湾大手パネルメーカーのAUO(友達光電)やイノラックス(群創光電)のディスプレー工場を半導体企業が取得するなど、不採算事業となりつつあった液晶ディスプレー生産からの撤退や、遊休施設が半導体向けで活用される展開が急ピッチで進んだ。

 これらディスプレー生産拠点の異業種転換の流れは、一見してディスプレー業界にとってはマイナスイメージがあるものの、AUOやイノラックスは長らく第4世代(G4)、G5規模の工場の活用に苦慮してきており、シャープも早期に売却・活用先が決まったことで新しい事業展開に向けた良い流れに乗ることができたと見る向きもある。

OLEDは大型設備投資が進行

 一方で、ディスプレー市場では今後IT系パネル(タブレット、ノートPC、モニター)で拡大が見込まれる、OLED向けへの投資が進められている。OLEDの大型生産拠点(G8.7、ガラス基板サイズ=2290×2620mm)の整備計画は、サムスンディスプレー(SDC)が牙山市(韓国)で、BOEが成都市(中国)で進めており、26年からの本格量産に備える。中国Visionox(ビジョノックス)も、安徽省合肥市でG8.7のV5工場を550億元(約1兆2000億円)を投じて整備中だ。JDIは、次世代OLEDと位置づける「eLEAP」の中国安徽省における量産拠点整備計画は白紙になったものの、車載向けでイノラックスと提携しており、今後は同社がeLEAPの量産を支援する可能性もある。

 さらに、こういった大型拠点整備への投資のみならず、材料分野でもOLED向けは投資対象だ。材料メーカーが強みを持つ日本では、富士フイルム、コニカミノルタ、住友化学がそれぞれにOLED向けに開発や製品展開を注力していく事業方針を持つ。またOLEDだけでなく、テレビの大画面化ニーズによりパネルの面積成長が今後も見込まれることから、偏光板周りでの投資が活発になっている。

高機能光学フィルムの投資が活発

 矢野経済研究所によれば、24年の偏光板世界市場(メーカー生産量ベース)は、前年比105%の5億9430万m²となり、25年は同103%の6億1215万m²まで拡大する見通しだ。また、英調査会社のOmdiaでは、24年に5億9400万m²、27年までに6億8200万m²に拡大し、年平均成長率(CAGR)は3.4%になると予測する。24年に発表された光学フィルム向け投資を以下にまとめた。

 偏光子保護用超複屈折フィルム「コスモシャイン SRF」を手がける東洋紡では、つるがフイルム工場(福井県敦賀市)にあるPETフィルムの製造ラインを改造し、25年度中にコスモシャインの増産体制を構築して26年度の量産開始を目指す。新ラインの増設により、同フィルムの生産能力は従来比3割増となる。コスモシャインSRFの生産ラインは、つるがフィルム工場に1ライン、犬山工場(愛知県犬山市)に2ラインが稼働しており、新設備は4ライン目となる。

東洋紡のコスモシャイン SRF(右)、独自の超複屈折構造によりPETフィルムの色むらの課題を解消している
東洋紡のコスモシャイン SRF(右)、独自の超複屈折構造によりPETフィルムの色むらの課題を解消している
 同ラインは、これまで「広幅フィルム」とされてきた2500mm幅を上回る最大3000mm幅を製造することが可能だ。これにより、顧客の偏光板メーカーのさらなる大型化要請にも柔軟に対応できるようになる。同フィルムは、液晶テレビ向け偏光子保護フィルム市場で約6割のシェアを獲得している。

 日本ゼオンでは、高機能樹脂のCOP(シクロオレフィンポリマー)の新プラントを、山口県周防市に700億円を投じて整備し、28年度上期に竣工する予定だ。COPは半導体や医療向けにも需要が伸びているほか、自社光学フィルム(COPフィルム)「ゼオノアフィルム」の原料であり、今後の需要拡大に備える。

 COPは同社の戦略製品に位置づけられており、直近のドライブエンジンはゼオノアフィルムだとしている。すでに2500mm幅に対応する生産設備を有しているが、数量が伸びているため、市況を見て次の投資も進める。同社は、23年6月にも敦賀工場(福井県敦賀市)に大型テレビ向け光学フィルム製造ラインの2系列目を増設し稼働させている。

 三菱ケミカルは、光学用ポリビニルアルコール(PVOH)フィルム「OPLフィルム」の生産設備を、中日本事業所大垣(神田)地区(岐阜県大垣市)に増設し、27年度下期の稼働を目指す。増設する設備は、グループ最大の生産能力となる2700万m²/年を有し、完成後の合計生産能力は1億5400万m²/年になる予定だ。同フィルムは、偏光板の中核部材として用いられている。

 ZACROS(旧藤森工業)は、偏光板用プロテクトフィルムの設備投資を行う。171億円を投じ、既存塗工機の改造と最大3000mm幅に対応する塗工機を新設する。これにより、生産能力を面積ベースで従来比約1.3倍まで引き上げる。3000mm幅対応の塗工機を新設する沼田事業所(群馬県沼田市)は26年度下期の稼働を目指し、既存装置を改造・増強する台湾事業所(高雄市)では25年度上期の稼働開始を目指す。

 TOPPANでは、ディスプレーの最表面に使用される反射防止フィルムの生産設備を増強する。印刷式OLEDを製造していたJOLEDから購入した、石川工場(石川県能美市)に製造ラインを構築し、27年度内の稼働開始を目指す。投資額は約100億円で、反射防止フィルムの生産拠点としては、滋賀、静岡に続く3つ目となる。

 これらのほか、23年6月にも、DNP(大日本印刷)が約130億円を投じて三原工場(広島県)にラインを増設し、2500mm幅に対応可能な光学機能性フィルム向けコーティング装置を導入すると発表している。これにより、生産能力は面積ベースで従来比15%以上向上する。需要が高まる65型テレビ向けフィルムを効率良く生産(面付け)することができるもので、25年度上期に量産開始する。26年度には、光学機能性フィルムで約1100億円の売上げを目指すとしている。

 近年、日本メーカーの「おはこ」ともいえる偏光板周りの光学フィルムにおいても、中国現地メーカーが台頭してきている。ハイエンドからローエンドまで幅広いラインアップがあるテレビでは、末端に位置する製品クラスで中国メーカーの光学フィルムの採用が進んでいるようだ。

 しかし、ハイ~ミドルクラスで必須となる高機能な光学フィルムの分野では、長年手がけてきた日本メーカーの性能に遠く及ばず、置き換えが進まないという。日本ゼオンの代表取締役社長の豊嶋哲也氏は、「当社のCOPはポリマーから手がけており、さらにこれを均一なフィルムにまで仕上げるのは非常に難易度が高い。ここで、中国勢のキャッチアップまでの時間が稼げると判断している。設備投資を進めることで生産量を拡大し、追随できない状況を作っていく」と語っている。

 中国ディスプレーメーカーが世界のディスプレー生産を担うようになり、部材からパネル製造までを国内で手がける地産地消政策が推し進められている。しかし、日本メーカーの部材無くして、ディスプレーパネルを製造することはできないのが現状だ。技術力や安定した量産・生産力により、シェアキープのみならずシェアアップも視野に投資が進められており、新興メーカーの追随を振り切っていく姿に注目したい。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 澤登美英子

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