JPI(日本計画研究所)主催の特別セミナー「~ニーズとシーズの乖離に挑む~ 介護現場から発する『既存介護ロボットの問題点』とオリックス・リビングの革新的取り組みについて」が11月28日に行われた。オリックス・リビング(株) 企画室・企画チーム長 運営事業部・イノベーションチームの入江徹氏が講師を勤めた。
入江氏は1995年に神鋼興産(株)(現神鋼不動産(株))に入社し、経営企画、IT戦略、広報、広告を担当した。2007年にオリックス・リアルエステート(株)(現オリックス不動産(株))およびオリックス・リビングに入社。現在は広報・企画・イノベーションセンターに所属している。
不動産サービスを手がけるオリックス不動産から高齢者向け住宅事業に新規参入したオリックス・リビングの概要・戦略を踏まえ、講演では介護ロボット開発・普及の問題点に言及。オリックス・リビングの介護ロボット事業の取り組みなども説明した。
◆「介護はサービス業」という意識づけが重要
オリックス・リビングは、オリックス不動産と(株)ハンディネットワーク インターナショナルが05年4月に共同で設立した高齢者向け住宅事業の運営会社。13年12月現在では、有料老人ホーム「グッドタイム リビング」シリーズを21カ所(関東11カ所、関西10カ所)、高齢者用マンション「プラテリアシリーズ」を2カ所運営している。
オリックス・リビングでは、「介護は究極のサービス業」と位置づけており、グッドタイム リビングにおいて従来の老人ホームとは異なる運営方法やサービスの提供を展開している。
一般的に介護現場は多忙で、介護職員は介護以外のサービスに取り組む余裕がないのが現状だ。一方、介護施設利用者の介護施設への要望として、「墨田区高齢者の生活実態・意識調査等報告書(08年3月)」では、話し相手などのボランティアを増やすことが、江東区の「高齢者の生活実態等に関する調査より(11年5月2日)」には日中の過ごし方を工夫・充実してほしい、話し相手などのボランティアを増やしてほしい、という意見が大きな割合を占めている。
上記の問題の対策として、クラブ活動を行う老人ホームもあるが、その多くは複数の入居者が介護職員と一緒に歌を歌うなどのレクリエーションに過ぎない。これでは、全体で集まって行うレクリエーションを好まない入居者の満足は得られないほか、介護職員は複数の高齢者を相手にしなければならず、密接に入居者個人とコミュニケーションを取ることが困難なため、話し相手が欲しいという入居者の満足も得られない。
グッドタイム リビングでは、介護サービス以外のサービスにも真剣に取り組めば入居者の満足は向上すると判断し、介護職員とは別にクラブ専任の職員を設置した。介護を行わないクラブ専任の職員であるため、入居者個人と密接なコミュニケーションを図ることができる。また、クラブ活動も豊富で、老人ホームにありがちな閉鎖的空間を打破し、入居者のセラピー効果も期待できる赤ちゃんセラピーなども充実している。
◆ニーズとシーズのズレが介護ロボ普及の課題
介護ロボットに関して、入江氏は、介護現場におけるニーズとメーカー側のシーズのズレが、介護ロボットの開発・普及を妨げる大きな要因だと指摘する。メーカーは、日本の産業ロボット市場の頭打ちを受け、日本の高度なモノづくり力を活用した産業用ロボットと高齢化社会を組み合わせれば、介護現場の問題を解決する介護ロボットが開発できると考えているが、大方の介護現場では介護ロボットについて必要に迫られていないのが現状だ。介護現場では人手の介護が一番だと考えていること、当たり前に業務をこなしているため、自分たちが本当に困っていることがわからないことが多い。また、日本国内における介護職員は10年後に100万人足りなくなると言われるが、介護現場は今日明日の仕事が多忙な環境のため、長期的な視点で物事を見ることも困難なのだ。
また、入江氏は介護ロボットの代表格として、いつまでも身体装着型のパワードスーツやセラピーロボットを取り上げるマスメディアの報道が、メーカーと介護現場におけるニーズとシーズのズレを助長しているとも指摘した。
これらはいずれも介護現場のニーズと関係なく、マスメディアがいかにもロボット的なものを取材したいとの思惑から長年報道され続けている。それを見た介護現場の多くは実際のニーズとの乖離に幻滅を感じ、介護ロボットを冷ややかに見ている現状があるということだ。
◆HOSPIの成功に介護ロボット普及のヒント
入江氏はロボット技術側のシーズとニーズのマッチングの成功例として、パナソニック(株)が開発し、松下記念病院で運用されている自律搬送ロボット「HOSPI」を挙げた。HOSPIは病院内で薬剤や検体を人手に替わって、全自動で搬送する。高齢化、格差、人口減少など社会の課題に対応し、なおかつ導入先のカスタマーに利益を生み出すというコンセプトで1990年代終わりに形成され始めた。パナソニックは開発に先駆けて、病院で自動化できる部分はどこにあるか、病院で必要とされる課題解決は何なのかなど徹底的な病院へのヒアリングを行ったほか、第一線の病院スタッフとタッグを組んで意見交換を行い、結果として医療現場で必要に迫られている自律搬送ロボットとして開発された。
松下記念病院では、以前バーチカルコンベアという搬送システムを採用していたが、老朽化の進行で搬送物が途中で詰まってしまうなどのトラブルが多発した。システムを更新した場合は莫大な経費と年間維持コストがかかるため、いったんは夜間に搬送専用スタッフを置いて運搬したがベストな方法ではなかった。その後パナソニックからHOSPIの提案があり、上記のように共同で開発し、導入したところ、看護師や薬剤師それぞれが持ち場の専門業務に専念できるようになったほか、臨時搬送のほぼ100%を任せることができ、慢性的に人手不足である医療現場で絶大な省力効果を発揮した。
◆介護リフト活用で介護の質の向上を
入居者を持ち上げる介護リフトが普及していないために、介護ロボットが普及しないことも指摘した。介護リフトは20年以上前に製品化されているが、日本の介護現場における普及率は約1割しかない。普及率の低さは介護職員における人手の介護が一番という意識が深く根付いていることが背景にある。入江氏はその意識を改革するため、介護職員は人手による介護が被介護者に強いストレスや苦痛を与えている事実もあることを知り、価値観を変えることが重要だと強調した。介護リフトを介護現場で使用すれば、介護方法が統一されているため、入居者に強いストレスや苦痛を与えないことや、介護職員に余裕が出て入居者と密接なコミュニケーションがとれるようになるなど、介護の質が向上するメリットがある。
◆入居者は介護ロボットに理解
また、介護職員の人手の介護は気を遣うからとの理由で、自身の介護を介護ロボットにやってもらってもいいという人が8割近くにも上るとし(オリックス・リビング調べ)、被介護者と介護職員の介護観の違いが介護現場で役立つ介護ロボットや介護リフトなど介護補助機器の開発・普及を妨げているデータも示した。
◆役立つ機器の開発には現場との連携が不可欠
では、介護現場で役立つ介護補助機器を開発・普及するにはどうすればいいのか。介護現場の協力は不可欠であり、一般的にはその協力可否の判断基準として、(1)介護職員に新たな手間・負担が生じないこと、(2)入居者が拒否しないことなどを挙げている。しかし入江氏は、開発協力を依頼するにあたって、新たな手間・負担が生じることは確実なので、その手間・負担に対して対価を求めることが、有益な情報を介護職員から聞き出す手段として重要と指摘した。
また、メーカー側が、いきなり介護補助機器を現場に持ち込んで開発協力を要請する前に、コーディネーターによる仲介が必要であり、使用方法なども事前にメーカーと現場で共通理解を醸成する仕組みが必要なことも強調した。
◆介護現場課題解決研究会を共催
オリックス・リビングでは、介護ロボット事業への取り組みとして、介護現場課題解決研究会を共催した。この研究会への参加にあたって、メーカーサイドは製品(試作品、構想)を持ち込むのではなく、介護現場で行われている業務を知ること、「自分たちの技術で何ができるか」を考え、技術を持ち寄ることが重要である。また、介護現場サイドのメンバーは、物事を多方面から見ることができ、現状に問題意識を持っているマネージャー職クラスの参加が必要だとしている。介護現場のことがわかり、介護職員の意見が愚痴として伝わらないように通訳できるファシリテーターの存在が重要なことも指摘した。
さらに、オリックス・リビング イノベーションセンターを開設し、メーカーのシーズと介護現場のニーズのマッチングを行い、本当に求められている介護補助機器の開発から実証実験、介護現場への普及までをワンストップで実施している。
◆現場の最適化がなければ普及しない
入江氏はセミナーの最後に、まずはオリックス・リビングなど有料老人ホームを運営する会社で役立つ介護機器を使用し、介護現場の最適化を1つずつ進めていく。それを大きなムーブメントとして特別養護老人ホームなどにも普及させなければ介護補助機器は普及しないと強調した。