JPI(日本計画研究所、東京都港区南麻布5-2-32、Tel.03-5793-9761)は10月18日、特別セミナー「今、医療施設に求められる継続性『サステナビリティ』」を開催した。(株)日建設計 設計部門副代表の藤記 真氏を講師に招いて、建設中の北里大学病院や九州厚生年金病院、神戸市立医療センター中央市民病院の設計事例を交えて医療機能の更新性やアメニティー向上への取り組みを紹介した。また、BCPへの備えと災害時における医療活動の継続性については、東日本大震災で災害時医療の最前線基地となった石巻赤十字病院の徹底調査と分析結果が報告された。
藤記副代表から、今回のテーマについて、これまでの設計経験をもとに紹介されたなかでは、医療施設における継続性は3つのポントに分けられるとしている。1つはフレキシビリティの高い建築空間形成であり、成長し変化する医療機能の継続性として、建築後の増改築などに柔軟な対応が求められていること。2つ目は自然を活かした環境負荷軽減と療養環境づくりの両立で、それが単なる省エネルギーだけでなく、同時に療養環境の居住性やアメニティー向上が望まれること。そして3つ目のBCPへの取り組みと災害時における医療活動の継続性を挙げた。また、この3点は個別の課題として解決するのではなく、相互に深く関連していることが特徴だという。
◆フレキシビリティの高い建築空間形成と成長し変化する医療機能の継続性
少子高齢化・疾病構造の変化に伴う医療ニーズの変化や、医療・医療工学技術の飛躍的進歩、医療法・基準の改変、施設の老朽化・狭隘化に対応し、医療活動を継続しながら増築・改修・保全への対応が求められる。
例えば一般的なオフィスビルでは、各フロアの平面計画はシェル(殻)とコア(核)の整形な無柱空間で構成されており、外周の柱と中心のコアにエレベーターホールや水周りの洗面所などを設け、シェル(外壁)によって囲まれる執務空間を形成する。断面計画では、二重床の配線とシステム天井に空調ダクトを設け、執務空間がそれらにサンドイッチされたシンプルな構造となっている。
一方、従来型の病院の場合、建物形状が必ずしも整形でなく、明快にシェルとコアが形成されていないため、将来的な改修・改築を想定すると課題は多い。構造計画では、柱(細い)の少ない大スパン、耐震壁配置の配慮、ゆとりある階高・床荷重設定が求められ、設備計画においても配管用二重床・フリーアクセスフロア、システム天井の採用など、オフィス以上の三次元的フレキシビリティが必要となる。
この課題に対処した事例として、外周にコアを分散することで整形な建物形状を確保した「九州厚生年金病院」の事例を挙げている。同病院は外周と建物の中心にコアを配置し、整形に構成したシェルの中に、外来、検査、管理、手術室などを配置している。この場合、構成される医療空間の適正な奥行きは、空間の各部位からコアまでの距離を勘案して決定されるべきとしている。
13年末に完成し、14年5月に開院する北里大学病院の新病院棟では、外壁側に設けた設備コアと、内部の要所にトイレや階段などのコアを配置している。また、免震構造を採用した中間スパンの柱を、極めて細いPCコンクリート柱としており、これにより梁背の大幅削減と、天井内でのゆとり確保、設備対応のしやすさを向上しているという。衛生配管類と空調ダクト類に分けて縦方向に通る設備コア・メカニカルシャフトを外壁側のスパンごとに設置、整形な医療空間の各部位からの距離を短縮し、設備面におけるフレキシビリティの一層の向上を図っている。
◆自然を活かした療養環境づくりと環境負荷軽減を通した継続性
次に、九州厚生年金病院を例に挙げて、建物中央に分散して設けた中庭・光庭は吹き抜けにより自然採光・自然換気を図り、同時に医療空間の見通しやわかりやすさを向上している。さらに、空調用外気を地下免震層のクールピットを経由して取り入れ、地熱を活用して予冷・予熱、メカニカルシャフト内の空調機へ送られる。これにより環境負荷の低減とランニングコストの削減、療養環境の向上を図った。
一方、病棟計画における療養環境改善のための自然採光の取り組みとして、個室的4床室や個室と4床室を組み合わせた西脇市民病院でのアコーディオン型病棟が紹介された。これらは各ベッドに窓を配置し、自然の照明と換気により快適性と省エネ効果が期待できるとしている。ただ、これらのタイプでは建物形状が複雑化し、改修などのフレキシビリティが低下する課題があり、外壁面積増加と建物形状の複雑化、建設コストの増大、病棟面積の増加による診療部面積の抑制といったしわ寄せがあるとしている。
これらの課題の改善に取り組むものに北里大学病院新病棟がある。アコーディオン型など複雑な外壁を雁行型にまで整形化、ベッドを一直線上に配置したストレート4床病室などの採用で、ベッドサイドへの自然採光とナーシングピットからの視認性、スタッフ動線短縮など、居住性と機能性向上の両立を図った。ここでは病床を、スタッフステーションを取り巻くよう一連に配列する概念を「チェーンレイアウト」とし、神戸市立医療センター中央市民病院などでも採用。ストレート4床病室と個室でレイアウトされた同施設は、外壁の整形化とフレキシビリティ向上、改修にも対応できるものとしている。ただ、病室面積がやや広くなることで居住性は高まる一方、床面積が大きくなる課題が残る。
これまで紹介した事例をさらに進化させたレイアウトとして、福島県立医大の病棟がある。ストレート4床病室をコーナー4床室に改めたタイプで、床面積の削減と各病床の窓の設置を両立、スタッフステーションからの視認性も確保した。また、このコーナー4床病室を採用したチェーンレイアウトによる病棟計画のプロトタイプとして、13年度内にも着工するさいたま赤十字病院や、現在工事中の兵庫県立尼崎塚口病院を挙げている。
◆BCP(MCP、HCP)災害時における医療活動の継続性
阪神淡路大震災と東日本大震災を経験したことで3つのポイントを挙げている。1つは免震構造の採用で、建物だけでなく病院として機能を保持すること。2つ目はエネルギーや通信設備の多重化、3つ目は備蓄対応に加え、省エネによる備蓄依存期間の延長化に着目している。
2011年3月11日の東日本大震災が発生した当日、藤記氏は米国の医療施設視察中であったが、現地テレビ放送で被災の惨状を見て、急遽スケジュールを切り上げて帰国。地震動による施設の被害は比較的軽微であったが、津波被害が想定を超える甚大なものであり、地震発生後の医療活動の対応の把握が必要と考えられた。約1カ月が経過した時点で調査チームを編成、東北地方各県での日建設計が関わった基幹病院を調査。この中で、とりわけ災害拠点となった石巻赤十字病院では徹底調査が行われ、その結果と課題が報告された。
◆石巻赤十字病院の徹底調査と分析結果
石巻赤十字病院は、石巻湾の旧北上川河口から内陸部に2~3kmほどの石巻市蛇田字西道下71に立地、施設は敷地7万3814m²に免震構造地下1階地上7階建て延べ3万2486m²の規模を有し、ヘリポートなども設置されている。建設にあたって、過去の旧北上川の水害履歴から敷地を盛土したため、今回の震災・津波による冠水を免れた。
同病院は、これまでにも災害を想定したトレーニングを実施しており、加えて赤十字病院のネットワークによる全国からの資機材・人材面での支援により、災害時の医療活動継続が維持された。病院の屋外空間・屋内空間それぞれにおいて、適切に災害医療機能を配置し、患者や被災者の手当てがなされた。正面車回しや芝生広場では、被災者対応のための活動や災害時の薬渡しなどが行われ、あらかじめ敷設されていた非常電源コンセントが威力を発揮した。院内における診療機能維持のため、極力屋外で初期被災者対応(プレトリアージ)を実施、施設内で治療が必須な被災者を限定した。また、仮設診療やプレトリアージ、安否確認窓口、物資置場、バス待合室など、玄関前の広場や駐車場に多数のテントを設営して対応した。このうち特に効果的であったのは玄関大庇下のスペースで、トリアージ空間として有効な半屋内空間となった。このほかヘリポートは職員用駐車場の中央に設置されており、地盤改良がされていたことで救急部門までフラットな動線が確保され、震災後に極めて多くのヘリコプターが着陸した。
一方、施設内は主に玄関ロビーと外来部門で被災者に対応、震災3日目で軽傷者1037人を収容、外来待合空間は医療ガス配管や非常用医療電源が整備されており、中症者150人余りを収容した。また、外来部門は震災後の3月末まで一般外来を休診、被災者をトリアージ、軽傷(緑)、中症(黄)、重症(赤)、死亡(黒)に分類し、重症者は救急部門へ搬送、死亡者は1階外来西奥のリハビリ室と地下1階の霊安室前サービスヤードを区画して安置された。
この調査では、建築面での被害よりも災害拠点としての医療面・運用面に重点を置き、院長や看護部長、栄養部門などの各部門の担当責任者からヒアリングを実施。当時の施設の使われ方や問題点などと、平面図を色分けして災害時医療機能の空間的状況の把握を重視した。
各設備の復旧状況は、垂直搬送を担うエレベーターは地震により運転停止し、復旧には有資格者の点検が必要なことから、再運転に日数を要したことが問題となった。電力供給は、2回線受電引き込みがあり停電2日後に一方が復旧。非常用発電機の作動により非常時における需要がおおむね充足、A重油3日分備蓄(16kL)の3分1の使用で済んだ。また給水は、水道局指導により上水受水槽は半日分の240m3であったため、消防10t給水車2台にて上水補給が行われ、断水を回避した。なお給水設備は上水・雑用水(トイレ洗浄)の2系統で構成、別途雑用水層などの活用で、運用は維持された。
今回の調査では、災害時の医療活動継続の備えとして求められることに以下の点を挙げた。免震構造の採用など災害に強い構造・設備計画を策定すること。自然採光・自然換気の省エネにより備蓄依存期間の延長で震災対策に役立つこと。災害時医療など通常医療と異なる状況を想定し、非常用コンセントや非常用医療ガスの配管、給水設備の配置といった平面レイアウトや設備の対応が求められること。災害復旧時の施策として自治体との連携、病院間の人的・物的な融通、物品供給業者との提携が望まれること。また、施設内動線の垂直移動、特にエレベーターは余震などに対応が必要となるため、遠隔復旧システムなども含め、今後の課題となる。石巻赤十字病院では震災時看護スタッフ用保育所が設けられたことなど、災害拠点となりえるためには、まずスタッフの安全・作業環境整備などの重要性も確認されたとして、セミナーを終えた。