1990年代の、スイッチング電源用のICが急速に普及した時期の話である。電源のスイッチングの場合、フライホイール回路でパルス波を直流に変換する。この時、インダクタにキャパシタとダイオードを組み合わせてフライホイール回路を構成するのだが、低い電圧を得ようとすると、ダイオードの順電圧降下が問題となる。通常のシリコン・ダイオードなら、0.6~1.0V程度の順方向があり、ショットキー・ダイオードでも、0.3~0.6V程度はロスとなる。もし、出力電圧を2.5Vとしたい場合、シリコン・ダイオードなら、(Vf=0.7Vとして)、約22%がロスとなる。これは大きな問題であった。
ところが、この回生ダイオードをMOS-FETで代替することができるほど、CMOSウエハーでのFETの製造方法が向上した。FETに代替させると、ロスはFETのON抵抗値による。耐圧の低いMOS-FETはON抵抗の値も下げることが可能なので、効率が大幅に上昇する。電源と設地側のFETのON/OFFを、インダクタのドライブと同期して行うことから、同期整流回路と呼ばれた。ダイオードだとシリコンの中のキャリアにより、順電圧がなくなっても電流を長そうとする逆回復時間の問題、つまり、きれいにONからOFFへ移行してくれないという問題もない。
アナログ系のICを作っていた企業は、こぞって同期整流用電源ICを開発し、販売した。筆者が属していた商社でもある米国の会社の製品を扱うこととなった。すでに、日本に2社、その会社の代理店があったのに、と思ったが、うち1社が手に負えないとして撤退するので、その後釜としてであった。この撤退する商社の顧客と注残、在庫を引き継ぐ形で商売が始まった。
引き継ぎが終わると、ある大手の顧客より、不良解析の依頼が来た。それも1個、2個ではなく、30個もある。500個のうちの30個は異常に多い。不良内容もはっきりしない。必ず起きる訳でもないが何かの異常動作をする、とのことである。客先に出向き、品管の担当者と話をすると、この不良はすでに1年以上継続していて、前の担当の商社、半導体製造会社に返送しても全て良品として返ってきている。なにが問題か分からないので、この電源ICを使っている部分の回路図と基板を借りてきて、当社の技術部でトラブルの再現を試みた。負荷を急変させたり、電源の瞬断を与えてみたりしてみても、客先が言うような不明確な異常は出ない。この電源ICの出力をシンクロスコープでモニターしながら、発振していないか?ドリフトはないか?も確認したが異常は見えない。諦めて電源を装置のパネルでOFFにした時、シンクロスコープの波形に、出力電圧が下がる途中で、瞬時、飛び上がるパルス波形が見えた。電源をOFFとする際なので見えたのはラッキーであった。普通に電源を切ったのでは、この電圧の飛び上がりは何度やっても出ない。
そこで、回路を丁寧に調べた。異常が起きるのが電源を切った際、つまり電源ICへの入力電圧が下がっている時、とタイミングは分かった。では、なぜ、出力に出力電圧として設定した電圧以上の電圧のパルスが見えたのであろうか?これを調べた。電源ICへの入力電圧をゆっくり下げる、異常は起きない。次に、入力電圧を高速でシャットダウンする。何も起きない。入力の電圧をある程度、高速に下げる。出た!入力電圧を下げる速度が、ある狭い範囲の場合に、出力に狭いが高電圧ではなく、その下がっている入力電圧が現れている、と分かった。
これは見つけるのも難しかったが、顧客と半導体の製造会社への説明も難しかった。入力電圧が下がり始めると、内部のCR発振回路の周波数が低下する。さらに入力電圧が下がるとCR発振回路は停止する。発振が止まれば、出力側の同期整流回路のFETのON/OFFも止まる。さらに下がるとFETのゲートをドライブするゲート電圧がなくなり、両方のFETは動作を停止しOFFとなる。この論理に間違いはない。ではなぜ、入力電圧が出力に出てきたのであろうか?また、この現象を起こさない電源ICもある。
問題の原因は、CR発振回路の止まり方にあった。電圧が急速に下がると、リセット回路が動作するまで、CR発振回路は動作しているが周波数が下がる。この時、同期整流回路に使われている、電源側のNch-FETがONになっていると、入力電圧が出力電圧につながってしまい、出力に入力電圧が出てしまう。接地側のPch-FETがONであれば問題はない。そして、さらに電圧が下がれば、リセット回路により、Nch-FETもOFFとなり、Pch-FETがONになって出力電圧が強制的に急速に下げられる。こうなれば問題はない。電源の5Vを供給する同期整流回路ICに問題はないが、電源を切る際に、そのICのPch-FETがONになり、出力の5Vを急速に引き下げる。そして出力(問題の電源ICの入力)に大きなキャパシタがあって、このキャパシタの放電で、ちょうど、問題となる電圧の下降傾斜が起きる。この特定の電圧降下の速度により、この現象は、実は、1/2の確率で発生することが分かった。これでは不良が出続けるわけであるし、関連するパラメータが多いので見つけ難い。これは、ほぼ全ての同期整流回路ICで、このようになっている。筆者が扱った件は、入力は5Vで、出力電圧は1.5Vであった。入力電圧が2.7Vまで下がると、CR発振回路は停止するものが多かった。
では、なぜ、この問題があるまま電源ICは量産され、顧客でも1年以上も使われていて、問題が顕在化しなかったのであろうか?答えの一つは、入力電源が商用電源や電源モジュールであれば、中途半端に高速の電源電圧降下が起きることがないからであろう。この問題が起きるのは、入力電圧を別の同期整流回路ICを用いた電源により供給されている場合だけ、そして問題の電源ICの入力に大きなキャパシタがある場合に限ることからも、この理由が裏付けられる。
電源ICを設計する際、入力電圧がOFFになる際の傾斜まで考慮して設計することは、一般の電源ICではあり得ない。実際、この電源ICを製造している会社へリポートを送っても理解できないようなので、訪米して説明して、やっと理解してもらった。いったん理解すると、ICの回路にマイナーな変更をして対策をしてくれた。トラブルは、これで完全な解決となった。
この結論は関係者、全員に玉虫色の解決となり、大いに感謝された。しかし、新技術の導入には、変化する条件の吟味が重要という良い教訓でもあった。