電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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ICの登場と発展 14


パッケージを叩くと音が出てしまうICがある!
~商品の万引き防止用にFPAA世界初の量産の夢

2022/9/2

 筆者が勤めていた商社は外資系の半導体を専門に取り扱っていた。中でも米国モトローラ社の製品が一番で、後にTI社に高額で買収されたBurr-Brown社のアナログ製品が二番であった。このモトローラから、FPAAという画期的なICが発表された。1997年5月のことである。ただ、時期が悪かった。この頃、モトローラは衛星携帯電話事業、イリジウムの不振から1999年5月に、テキサス・パシフィコにその大部分を売り渡すが、すでにその数年前から会社のリストラがはじまっていた。1997年8月には、ディスクリートなど汎用品が主な製品だが、約1カ月に5万点近い製品の製造中止(EOL)の通知があり、顧客にEOL品を使っていないかの問いあわせに忙殺された記憶がある。まあ、5万点と言っても、ツェナーダイオードなら1種類に50程の電圧の違うダイオードがあるが、これを50種と数えての5万点である。

 ちょうど、こういう時期であったので、モトローラ社はFPAAの開発継続を諦めたが、担当していた人達が、投資家を見つけてきてANADIGM社というFPAA専門会社を作って、製品開発、開発用ソフトウエアの開発を継続した。なお、FPAAとは、Field Programmable Analog Arraysの頭文字である。今でも、このANADIGM社は細々と営業しているようである。

 何ができるか?アナログ信号の処理ができる。個別部品で組み立てると、抵抗値、キャパシタの容量のマッチングで苦労する各種の特性を持つフィルタが作れる。バターワース、チェビシェフも簡単である。増幅度も設計どおりのものが作れる。バランスド・ミクサも作れる。とても便利そうなICが出てきた、と多くの顧客に紹介した。しかし、皆様、興味は持つものの、採用しよう、とはならない。最大の理由は、扱える信号周波数の上限であった。

 このFPAAは、簡単に言えば、スイッチド・キャパシタを設定でCやRへと変化させることができるようにしたものであった。このスイッチド・キャパシタのスイッチを駆動する周波数の何十分の一の周波数しか扱えない。クロックを1MHzとすると、10kHz程度となる。やっと音声周波数の範囲をカバーできている。これでは周波数範囲が狭すぎて使えない、となる。つまり、処理したい信号の周波数範囲が10kHz以下、後発の製品でも20kHz以下が限度であった。しかし高精度のキャパシタも抵抗器も不要である。キャパシタや抵抗器のマッチングは難しいので、利点はあるとして宣伝していた。

 そして、売り込みを継続しているうちに、顧客が見つかった。本屋、アパレル、ドイト用品といった商品の万引き防止用の装置である。商店の出入り口にゲートを設けて、商品に付けたタグを外さずに、つまり会計をしないで、このゲートを通過すると警報が出る、という装置である。今ではかなり普及しているので、ご存知の方も多いと思う。

 この装置の送受信器は2つのアンテナで構成され、各アンテナは出入り口の両側に向き合わせに置かれる。アンテナの設置場所により、電磁波の強度も位相も変化する。受信側は、送信側の信号を回路でレベルを調整し、逆位相にしてキャンセルする。この部分をOPAMPと抵抗器、キャパシタで作ろうとすると、様々な状況に対応させることが、高精度のキャパシタと抵抗器が必要なゆえに難しい。

 そこで、この信号を加工する回路にFPAAを用いれば、マイコンと組み合わせて自動化できる。マイコン側には予め、ある程度の回路設計を入れておき、実際に設置した際に、フィルタの特性を変化させて、ゲートに何もない状態で出力信号がゼロとなればよい。これは実験、試作ではうまくいき、商品の性能も大幅に向上できると分かって、パイロット生産までたどり着いた。日本で初めてのFPAA応用製品の量産!と大いに喜んだ。

 しかし、パイロット生産用のFPAAを納品して間もなく、FPAAがおかしい、とクレームが来た。基板にアッセンブルされているFPAAのパッケージを叩くと、叩いた音の信号がFPAAから出てくる、という理解不能のクレームである。FPAAは、CMOSのICで、スイッチド・キャパシタ技術の製品となっている。入出力用のOPAMPはあるが、叩いて音が出るOPAMPは聞いたことがない。しかしFPAAを叩くと、その振動に比例した信号が確かに出てくる。これでは使えない、となり、ANADIGM社に不良品として連絡した。試作では何ともなかったので、このパイロット生産に使ったロットからの不良として解析を依頼した。しかし、ICテスター、ATEの試験では合格する。これは理解できる。ATEに、パッケージを叩く、といった試験があるはずがない。別のロットの製品を顧客に納めたが、この不可解な現象は止まらない。数か月して、結局、この新型の万引き防止タグの検出器というビジネスは消えてしまった。この時は顧客にも随分と迷惑をかけたので、今でも申し訳ない気持ちでいる。

 不良の発生から約8か月、忘れかけていた頃に、ANADIGM社から、不良解析リポートが来た。原因は、パッケージのエポキシがラミネート化していて、層ができており、この層によりパッケージに振動が与えられると、ワイヤーボンディングのワイヤーがICチップを引っ張り、ICチップのたわみから、スイッチド・キャパシタに影響が出て、音として出力されていた、とのことであった。

 このパッケージ問題は、もし論理回路、CMOSロジックなら問題にならない。音声帯域の、それも微弱な信号を扱うアナログのICだったので、問題が顕在化したわけである。しかし、考えると、今ならDSPをFPGAにて構成して、ソフトウエアでこの機能を作れば、FPAAよりずっと良い性能の装置ができる。幸い、DSP用のライブラリーに、バランスド・ミクサもあるし、ADCの付いているFPGAは珍しくない。この応用では、音声信号の周波数範囲なので、高級な、つまり高速で高価なFPGAである必要もない。

 DSPのソフトウエアもFPGAでの回路設計も今や、言語設計である。この時の応用の利点であった、フィルタの特性を変化させるのは、DSPのパラメータの変化に置き換えればよく、難しい技術ではなくなった。半導体技術の進化が変化を強制しているのである。
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