筆者が半導体の商社に転職したのは、1978年であった。システム・ハウスにてミニコンで仕事をはじめ、その後、マイコンの仕事をしていたが、モトローラ社の代理店から顧客サポートをして欲しいと誘いがあり、ちょうど体を壊した後であったこともあって転職した。
最初に驚いたのは、米国モトローラのロジック製品の不良率であった。他の半導体メーカーの様子も分かってくると大同小異であった。この後のことであるが、ある日本の商社は、ICの検査ラインを日本で構築して、100%のICの検査を行い顧客の大好評を得ていたぐらいである。
数年して米国のモトローラを日本の代理店が訪問することとなり、その中のメンバーの一人として、個人的には初めての訪米となった。場所は、テキサス州のオースチンとアリゾナ州フェニックスであった。
モトローラとの会議では新製品の紹介、製造体制の説明他が、フィルム・スライドで行われた。スライドは透明なフィルムに透明な色インクで印刷し、投射器の台にフィルムを置くと、台の中に強力な光源があり、台の上方にアームで支えられたプリズムにより、フィルム上の図画が壁に投射されるというものであった。パワーポイントで1枚の画面をスライドと言うのはこれが語源であろう。
この訪米の後、再度の米国訪問や国内のモトローラとの会議でも、このスライドを用いた。出張前に、このスライドの用意が大仕事であった。このフィルムは傷つけないようにケースに入れて持っていくのであるが、重かった。今のプロジェクター、パソコンの画面と比較すると雲泥の差を感じる。
モトローラとの会議でも、製品の不良率を問題として提起して、モトローラが回答として説明を行った。この説明の内容は、AQLという品質管理の手法であった。これが何を意味するかと言えば、サンプリングした製品を検査してサンプルの中に不良がなければ良品ロットとするものと説明された。例えば、1万個中21個を検査するとAQL=0.6となり、全数が正常ならロット合格とする、と説明された。これを裏から意味を取り直すと、出荷前に100%の全数検査はしない、していない、となる。AQL=0.6を満たす数のサンプル検査しかしていない、との回答であったので、当然、日本の代理店からクレームが出た。このAQLの検査では、製造ロットが正常であったか否かの検査なので、IC単体の良否は対象外であった。これはウエハー段階での検査で単体の検査は十分と考えていたからと思う。
もちろん、全ての製品ではない。汎用のロジックICが多かった。具体的には、74LS、14xxxxといったロジックで、アナログのIC、マイコンと周辺素子の不良はなかった。これの理由は、単価と製品の性質であるとされた。確かに、マイコン関連製品は他のICと比較して高価であったし、アナログ製品はパッケージがメタル管であったので、製造上、自動的に100%の検査が行われていたからである。
筆者も実際に、ロジック製品の不良を突きつけられたことがある。建設会社の子会社の電子装置のメーカーへ呼び出された際には、DIPのロジック製品のX線写真を見せられ、「これは、ICチップが入っていない。これは、ここのボンディング・ワイヤーがない。これは、14ピンのはずが16ピンになっているので、片側の2ピンの接続がない。」というように、悪い点を証拠付きでクレームされた。もちろん、反論はできない。謝るしかない。
米国のモトローラを訪問した際に、この不良率の件が話題に出て、モトローラから、「日本向けの品質管理は、米国のMILスタンダード以上となった。価格は最低、品質は最高、というメーカーとしては好ましくない状況になっている。MILスタンダードは、数十年以上、基準は変わらない。しかし日本の品質への要求は毎年毎年厳しくなる。これを理解して、なるべく高く売って欲しい」との話があった。こちらからは、日本では地場メーカーのNEC、東芝、日立、三菱、松下他、強力な競合相手があって、価格でも品質でも負けられないから、と説明した。ところが、米国市場には日本メーカーは特に販促をしていなかったので、モトローラは市場の違いを認識していなかった。これは本来、日本モトローラが本社へ伝えるべきことであるが、機能していなかった。
米国では、この品質管理で過去に大問題が起きている。1980年4月から行われた、イラン米国大使館人質救出作戦の失敗により、米国は面目を失った。失敗の原因は、ヘリコプターの選択ミスとされているが、筆者がモトローラの友人から聞いたところ、通信機の故障が相次いだこともあったから、とのことである。軍用の通信機であるから、半導体は全て高価なMIL規格品が使われている。それが砂漠の高温で次々と故障した。本来、―55~125℃の動作を保証しているMIL規格品が次々と故障したのはおかしい、と米軍が調査に乗り出した。モトローラ社もこの調査の対象となったが、モトローラは一種の国策会社でもあって、全てのハイウェイパトロールの通信機、NASAの装置、と事業規模も大きかったためと馬鹿正直な企業文化もあって、全て合格した。実際、筆者がフェニックスのモトローラを訪問した時、我々は入れない軍専用の専門工場もあった。
しかし、MIL品に、MILで定められた検査をしていなかった半導体企業が2社見つかってしまった。日本向けに製品のレベルは商用品でもMILの実力があるとして、手間と費用のかかるMILの検査をせずに、MIL品として高価な価格で納入していたことが発覚した。当時、日本でも有名であった、N社とF社である。当然、かなりのペナルティが課されたと思われるし信用を失った。両社とも買収されて今はない。
今も昔も品質の維持は手間と費用がかかる一見、無駄に見える単純作業の繰り返しになる。しかし、品質で嘘をつくようになっては日本企業ではない。「朱に交われば赤くなる」という。「朱(中国)に交わる(ビジネスを学び)と赤く(顔が、いや、決算が)なってしまってはいけない。半導体関連業界でも、日本の半導体産業の中で高品質素材は最後の優位のある分野となっている。しかし品質を追い求めるだけでは、いずれ追いつかれる。新技術、新素材と開発が必要であろう。