前回、ECL-GAの紹介をしたが、ECL-GAの仕事は多くはない。そこで、高価なワークステーションの有効利用で、ブランス、トムソンCSFのECLと74シリーズのインターフェースがあったゲートアレイの仕事や、アナログのセミ・カスタムの設計、SPICEを使っての設計も行った。
アナログのセミ・カスタムとは、すでにあるマスター・スライスのメタル配線でアナログのカスタムの機能を実現するものである。この設計には、まず、マスター・スライス上の部品、主にトランジスタのSPICEモデルを用いて回路を設計し、ワークステーションのSPICEでシミュレーションを行う。この際、温度とプロセス・パラメータの変動範囲を設定して、ナインコーナーのシミュレーションを行って回路の妥当性を検証する。余裕があれば、モンテカルロ・シミュレーション、各パラメータを乱数により特定範囲で振って行うシミュレーションで確認した。
SPICEシミュレーションで難しいのは、電流の値が限りなくゼロに近づくところ、特にダイオードを作らないことであった。SPICEシミュレーションではマトリクスを繰り返し計算で収束させるものであるが、ダイオードの微小電流の近辺では収束しなくなり、シミュレーションが発散する、と呼称していたが、終わらなくなって結果が出ない。そこで、一般によく使われるアナログ回路では、過剰入力防止のためにOPAMPの2つの入力の間に順と逆のダイオードを接続するが、これをそのままSPICEシミュレーションすると、もともと電位差が少ないところであり、電流も流れないので発散し、結果が出ない。
もう一つ重要なことがある。それは、SPICEはシミュレーションのツールであり、設計補助のソフトではない、ということである。後輩の技術員が、アナログ回路の仕様書を受け取ると、手計算による概算も出さずにパソコンの前に座り、SPICE用回路図エディタを起動する。これでは適正な回路設計はできない。SPICEでシミュレーションする際、桁が違う結果が出ても、IC-MAXが200mAのトランジスタに、10Aを流していても気がつかない。手間を惜しまず、回路図はまず紙に手書きで行い、信号の流れを整え、電卓で各予定値を計算して、備えてからSPICEシミュレーションを有効に使って欲しい。
回路設計が終われば、人間が配線メタルの設計と配線をしなければならない。ネットで探して、パソコンでGDS-IIというICのマスクに使われるデータ方式が扱えるIC Editorというソフトウエアを導入して、手書きの図面からデジタイジングの際の間違いをなくす工夫をした。
また、このIC Editorソフトウエアは、優秀なソフトウエアであった。ICのマスクを製造する企業数社にも販売した。AT&T社も、アナログのセミ・カスタムを作っていたが、このIC Editorを標準サポートに指定したので、作ってあった日本語のマニュアルを提供した。
このソフト、IC Editorが中国へ流れたとのことで、CIAから問い合わせも受けた。IC Editor社は家宅捜索、取り調べのため、半年も休業させられていた。当時、米国は中国へ半導体技術が漏れることを厳しく禁じていた。1970年代に香港経由でトランジスタ・レベルの半導体の製造ラインを輸出した人物(故人)はデニール・リストに載せられ、欧米への旅行はできなくされていた。
このアナログ・カスタムICの実例を紹介する。設計や性能では成功したのに、別の要素でビジネスがなくなった例となっている。これはトムソンCSF(現ST)でアナログのマスター・スライスを用いたカスタムIC、アナログ・アレイと呼んでいた製品の話である。これは航空関係で有名な企業から、このアナログ・アレイで、航空機用のジャイロのサポート回路をワンチップにしたICを作って欲しい、との依頼があった時のものである。最初は、発注者の指定する回路をそのまま作った。ところが発注者から、性能が足りない、とクレームが来た。担当の技術者と話をしたが、埒が明かないので、上司を呼んで来いとなり、元の設計者が来ると、「何だ!この回路は?」となった。当初、提供された回路の抵抗値やキャパシタの値は生産技術で書き換えられており、妥当でないゆえの問題と分かり、作り直すこととなった。
そこで、当初の回路機能の仕様書や、動作上の制限、使用温度範囲、センサーの機能の詳細を聞きだして、私達のチームでアナログのマスター・スライスに合うように回路の設計をし直して、2次試作を行った。試験してもらうと、発注社のまともな技術者から、このパラメータの指定が抜けていた、とお詫びがあり、費用は出すのでもう一度、作り直して欲しい、とされ、合計で3回作りなおした。
結果は、発注側が驚くほどの(2回目でも個別部品を使っていた従来のものより、はるかに良くなっていたが)性能となり、性能は100倍以上(精度)、ジャイロのメカ部分も小さくできて、サイズは20分の1以下となったと大きな満足をいただいた。そして量産の注文を頂戴した。ボーイング747への搭載用とのことであった。
この2年後、このビジネスはとんでもない形で消える。高性能と小型であることに目をつけた誰かが、このジャイロをミサイルに応用しようとして、イラクへ輸出を企て、香港で捕まった。これは国際ニュースとして報じられ。日本企業のCOCOM違反とされ、フランのトムソンCSF社から、客先の在庫も含め、全数の回収を命じられた。せっかく、良い製品を作ったのに、過剰性能ゆえか、悪心を持つ者により失った悔しい事件であった。
今、ロシアの仕掛けた戦争により世界が混乱している。ICの世界でも、ロシアへ直はもちろん輸出できないが、中国、東南アジア各国を経由で、所要の半導体を入手しようとしているロシアの代理企業が暗躍しているもようである。ご注意をいただきたい。
この点、台湾、香港を利用して、ずるくやってすり抜けて高度の半導体製造装置を入手した中国と、つてがなかったロシアの半導体産業の差となっている。私見だが、米国は、再度、中国の半導体を警戒するようになり、これが一因で半導体の、特に高度の半導体の製造が抑えられていると思っている。