筆者が中学生でアマチュア無線の免許を取り、送信機、受信機などを自作していた時、周波数の安定のために作りたかった真空管を使った装置があった。この装置は当時のCQ誌で紹介されていて、すごい!便利だ!と思った装置であった。
この装置には、特殊な真空管が必要であったこと、当時は理論を完全には理解できなかったことから実現には至らなかったが、読者は、この装置とは何か考えられるであろうか?
作りたかったのは、高周波周波数シンセサイザー、PLLである。これがあれば不安定なLC発振器や、周波数が固定される水晶発振子に頼らずに、安定した精度の良い周波数を得られるので、当時のアマチュア無線家には、夢の装置であった。
この高周波シンセサイザーの製作記事がCQ誌に載っていた。これは作りたいが良く分からない、から始まり、回路は分かってきたが部品、専用真空管が入手できない、となった。
まず、必要な機能は、周波数を分周すること。これは真空管でもトランジスタでも同じで、真空管の場合、1本の真空管に2つの3極管が入っていて、1本で1つのフリップ・フロップを実現できた。
これを10本から10数本並べた分周回路を2系統作る。標準側は水晶発振器からの1MHzを10段階分周すれば、1kHzになる。目的周波数側は、LC発振器として、Cの値は真空管のプレートとカソードの間の容量を使う。こうしておけば、グリッド電圧で容量を変化させたのと同じ効果が得られる。
肝心の位相比較回路は、真空管ではアナログ回路の加減算回路として作る。分周した後の基準周波数、例えば、上の1kHzを入れて、LC可変周波数回路をもう1チャンネルの分周器にいれて、同じ1kHz付近の周波数の位相比較による周波数の差を出力する。
この出力をLC可変周波数回路へ入れて、フィードバックが掛るようにする。これでPLL、周波数シンセサイザーができあがる。
しかし、分周回路を組むと1段のフリップ・フロップに1本の真空管が必要であり、水晶の周波数を分周するために10段程度、目標の周波数用に15段程度の分周回路が必要となる。さらに、水晶発振回路、LC可変周波数回路、位相比較回路が必要である。結果カラーテレビと比較しても、もっと多くの真空管が必要であった。さらに、実用にするには、分周比を可変としなければならない。これは分周比の変更で行うので、この回路も追加となる。
今ならマイコンのクロック回路の一部でしかないPLLであるが、原理は同じでも真空管で作るとなると、相当の大きさを持つ回路となり、発生する周波数の切り換えも難しいものであった。
先の拙文にあるが、今、思えば、コンピュータが真空管でできていたのであるから、PLLというデジタル回路であっても真空管で作れない訳がない。しかし全体がアナログであれば比較的容易であるが、デジタルの回路を真空管で作るにはアマチュアには難しかった。
中学生から高校生であった筆者には、費用的にも、技術的にも難しく、50年以上前の話であってもチャレンジできなかった装置として記憶に残っている。
この例が示していることは、現在の電子回路やデジタル回路の大半は、真空管時代にすでに開発されていた、ということである。この意味では電子回路の進化は半導体化の進化と比較して大したことはないと思う。
真空管の種類は多く、小生が実際には手を付けたことのない真空管には、画像の撮影を行うイメージオルシコン管、高周波の波長を管の中で加工する進行波管、数kWの大電力を扱う真空管もあり、種類の数も多かったし、ある機能が必要になると、専用の真空管を作っていた。
イメージオルシコン管は、テレビ放送の撮影している所を見れば、撮影機が大型であるのですぐに真空管を使っている装置と分かると思う。現在のプロ用の撮影機は、4Kであっても小型になっていて半導体化の効果を感じる次第である。
家庭用としては松下電器(現、パナソニック)のVHSムービーカメラ、NV-M1に使われていた撮像素子は小型のイメージオルシコン管と思う。このNV-M1は筆者も購入して使っていたが、電源を入れて直ぐの撮影ができず、数秒ではあるが、待機時間が必要なことからである。
進行波管の動作は、レーザー発振の動作に似ている。ある長さの真空管内に、幾つの波長が収まるか、で扱える周波数が決まるのは、励起されたレーザー結晶の中で複数の光の波長が存在することと同じ原理となる。
これは筆者も使ったことがある。定電圧放電管は、ツエナー・ダイオードと同じで一定の電圧を作り、基準電圧として用いた。これも電圧精度の違いにより、2種類あるのは、ツエナー・ダイオードとバンドギャップ電圧差を用いた標準電圧回路とに酷似している。
家庭にある真空管として、電子レンジのマグネトロンがあると紹介したが、筆者の手許には幾つか電子管があった。真空ではなくガスが入れられているものである。
一つは、カメラのストロボ用のキセノン管である。トリガにより瞬間的に強い光を出す電子管である。これもまた、近い将来にはLEDに置き換わるのであろう。
もう一つは、ガイガーカウンタに使うガイガー=ミュラー管は電子管である。安価な放射線検出器はほとんどがガイガーカウンタである。高級な放射線検出には、シリコンの塊、シリコン・デテクターが使われている。この点では電子管から半導体へとの変化は継続している。
東京都調布市にある国立電気通信大学には博物館があり、その中に真空管の展示室がある。1万本以上ある、と聞いているが、小さい電池管から、kWの送信用の大きなものまである。興味のある方は、訪れてみるとよい。
他にも、様々な真空管があったが、老兵は死なず消えゆくのみ、になっていると思う。