一般財団法人 脳神経疾患研究所 総合南東北病院の理事長・総長の渡邉一夫氏が講演した、JPI(日本計画研究所)主催の特別セミナー「福島から“世界初”“日本発”の夢の超先端がん治療 2018年度治療開始を目指しすすむ『南東北BNCT(ホウ素中性子捕捉治療法)研究センター』の整備進捗と今年度の重点取組み」を紹介する連載2回目は、BNCTの治療の効果と優れた特徴といった内容を詳述した。
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◆より効果的なホウ素剤と装置改良を並行開発
研究を進めるにあたり、3大学との開発・研究委託契約を締結した。締結内容は、京都大学とは(1)小型中性子モニター、ガンマ線モニター、(2)ホウ素濃度計測用陽子線PGA装置、(3)患者セッティング装置、筑波大学とは(1)治療計画システム・患者位置制御装置、(2)マルチγ線テレスコープ装置、(3)加速器連動照射制御装置、(4)次世代型低放射化中性子発生技術(サイクロトロン)の開発、東京理科大学とは(1)BNCTの免疫療法との併用による効果的な治療法の開発、(2)効果的かつがん組織特異的なホウ素の輸送を可能にするDDSの開発となっている。
◆がん細胞のみを選択的に破壊
続いて、ホウ素(10B)化合物を点滴によって患者に投与し、がん細胞がホウ素化合物を取り込み、そこに中性子線を照射することで、ホウ素の核反応を誘発し、がん細胞のみを破壊するという、BNCTによるがん治療の仕組みを説明した。悪性脳腫瘍は正常細胞と悪性細胞が混在しているため、X線治療は使えないが、中性子により選択的に反応するホウ素をがん細胞のみに集積できれば、治療が可能である。グループではまた、効果的にがん細胞に取り込まれるホウ素薬剤の開発も進めている。また、他大学でも、現在ステラファーマ社1社が独占供給するホウ素薬剤の研究開発を進めていると説明した。
◆世界の原子炉BNCTは京大と台湾研究炉のみ
世界のBNCTを見ると、原子炉BNCTは京都大学のKURと、台湾の台湾研究炉(THOR)でのみ実施しており、アメリカ、オランダ、フィンランド、アルゼンチンの原子炉BNCTは止まっている。また、加速器BNCTは京都大学のみが実施しており、南東北BNCT研究センターはこれに続く2番目、病院としては世界初の事例となる。
◆京大の臨床研究
京都大学では、1974年に研究用原子炉からの中性子を利用したBNCTの臨床研究を開始、2001年度より非開頭で照射ができる熱外中性子による臨床研究を開始し、12年度までに400症例以上のBNCTを行っている。06年度から09年度までは、原子炉の休止のため中断していたが、10年度から臨床研究を再開している。症例数の多くを脳腫瘍と頭頸部腫瘍が占めている。
渡邉氏は、3回のBNCTにより再発耳下腺がんが大幅に縮退した症例写真を示しながら、BNCTの治療効果の持つ可能性に期待を込めた。
◆加速器中性子源で病院設置が可能に
原子炉中性子源と比べ、導入した住友重機械工業製の「サイクロトロン」加速器中性子源は、病院での設置が可能、装置の停止が確実で安全、維持管理が容易、メンテナンス期間が短いと説明した。
ここで、南東北がん陽子線治療センターの加速器「シンクロトロン」(円形加速器の1種)と、南東北BNCT研究センターの加速器「サイクロトロン」(電磁石を用いて、イオンをらせん状に加速する装置)を比較した。シンクロトロンは直径20mの三菱電機製で、陽子を加速して1億個を患部に集束照射する。サイクロトロンは、ターゲット材のベリリウムに当て、発生した中性子を減速しながら流束を高めたうえで照射する。中性子はその名のとおり、プラスでもマイナスでもなく、ふわふわした状態で、方向を定めるのが難しいと概説した。
◆中性子による壁の放射化対策が課題
また、サイクロトロンでは、コンクリート壁の厚さが2.5mにもなり、中性子が壁に当たると放射化を起こすため、中性子吸収材を貼るなどの対策をとっている。
シンクロトロンは、放射化せず、南東北がん陽子線治療センターは10年近くにわたりほとんど故障が見られなかったと評価する。
南東北がん陽子線治療センターの装置に関しては、毎年10億円を減価償却し、また、ここで習熟を積んだ医師が各地で活躍している。南東北がん陽子線治療センターは唯一黒字であり、昨年は513人もの患者を治療した。国内外では、陽子線治療装置を導入したが、赤字のところ、なかには動いていないケースまである。陽子線の治療装置については、売ったきりではなく、年間6億円、7人の常駐スタッフがメンテナンスにいそしむ。「機械は入れただけでは円滑に動かない。医師、物理の技術者、機械の技術者が重要」と強調した。
◆世界に認められる加速器BNCT治療の確立へ
加速器BNCTの展望として、臨床実用化を目指して、悪性脳腫瘍と頭頸部がんを対象とし、京都大学原子炉実験所、大阪医科大、川崎医科大とともに15年度から共同で治験を開始予定であり、中性子の線量測定、腫瘍内ホウ素濃度測定、線量分布測定、治療計画装置、治療の標準化などの課題を克服し、世界に認められる加速器によるBNCTを目指すとした。川崎医科大は皮膚がんを主体に取り組む。
◆東北BNCT研究センターは17年度に薬事申請
今後の計画では、先行する京都大学チームが脳腫瘍の治験から16~17年度に薬事申請~承認、頭頸部の治験から17~18年度に薬事申請~承認を目指す。南東北BNCT研究センターでは、今後、頭頸部治験を開始し、17年度に薬事申請、18年度にかけての承認を目指す。
南東北BNCT研究センターでは、前出の京都大学および筑波大学、東京理科大学との開発・研究委託契約による成果を16年度から実証拠点に導入していく。
◆BNCT実用化は患者へ朗報、地域活性化に貢献
原子力発電所の事故により、県内に居住する人々は、低線量被ばくに伴う健康の被害について十分に解明されていないなか、将来にがんの不安を感じながら生活している。今回のプロジェクトで、難治性である再発がんや湿潤がんにも有効であるBNCTを病院として世界初の実用化を図ることは、県民の不安の解消ばかりでなく全世界のがん患者に対して朗報となり、世界中からがん患者や研究者が集まり、病院の雇用増はもちろんのこと観光などの周辺産業にも大きなインパクトを与えることとなる。さらに、安全安心な、最先端医療のFukushimaとしてのアピールにもなり、全世界へ向けて新しいFukushimaとしてのイメージアップにもつながると期待を込めた。
講演終了後の質疑応答では、リラックスムードの中でも真摯なやり取りがなされた。その過程で渡邉氏は、PMDA(医薬品医療機器総合機構)の審査期間が大幅に短縮していることもあり、3年くらいで薬事が通るのではないかと話し、治療に当たっては1門の照射口で2室の治療室で使い分け、1日6人、必要であれば1日9人に対応が可能との見方を示した。ホウ素薬剤は高価だが、価格はともかく、がん細胞により効率的に取り込まれ、また、治療効果の高い薬剤の開発も必要であるとした。
渡邉氏は、BNCTに取り組みながら、すでに「次のことも考えているが、それはまだ教えたくない」と話し、医師としての情熱、躍進する大企業のトップのような経営センスと実践力、尽きることのないアイデアは決してとどまることがないようである。
◆医師、技術者のプロ意識、ひいては「人間」
この「夢の治療法」は完成されておらず、我々が初めて治療に臨むが、我々を応援して欲しいと呼びかけ、さらに、装置と建物やその他費用で100億円近い投資がかかるが、世界市場は300億円とも500億円ともいわれており、治療法が確立できれば世界で売れる。その際に、「医師、物理の技術者、機械の技術者それぞれのプロ意識、ひいては『人間』です。『人間を治すのが人間』、装置を売り、建物が完成したら終わりでない、これがスタートです。何年か経って評価が決まる。その極め付けがBNCTです。『人間を忘れない』いい仕事をしてください」と呼びかけて、講演を終えた。