横浜市 病院経営局長(4月より医療局長)の城博俊氏は3月23日、JPI(日本計画研究所)主催の特別セミナー「厳しい収益環境下の横浜市立病院経営改革と2020年開院へ向けた『市民病院再編整備事業』」の講演を行った。講演は、横浜市を取り巻く医療環境と市立病院の概要、市立病院の経営改革、市民病院再編整備事業の順に進められた。
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◆超高齢化社会で25年高齢者人口100万人に
城氏の講演は、15年現在で人口370万人を有する横浜市の歴史の解説から始まった。横浜市は1889年に市制がしかれた。当時の人口はわずか11万6193万人。1923年に関東大震災で甚大な被害を受けたものの、39年に第6次市域拡張を行い、人口は86万6200人に増加した。45年には横浜大空襲で市街地の46%が被害を受けるも、68年には人口200万人を突破。74年には250万人、85年には300万人を突破した。2002年に350万人を超え、現在の370万人に至る。城氏は「2020年で人口がピークアウトするとされている」とした。
全国屈指の人口を抱える一方で、超高齢化社会が進んだ際の人口構成バランスも、横浜市の未来を考えた場合の大きな課題だ。25年には、10年と比較して子育て世代(主に30~40代)が25万人減少し、就業者は5万人、出生数は7000人減少する見込み。さらに団塊の世代が75歳超となり、高齢者人口は10年の74万人から97万人まで増加する。
また、城氏は全国と横浜市の入院患者数および外来患者数の将来推移を提示し、超高齢化社会が横浜市に長期的に大きな影響を及ぼすことも指摘した。まず全国の入院患者数は、12年を100とした場合、30年に119.3でピークを迎え、その後はピークアウトしていくが、横浜市では30年の139.3からも入院患者数が伸び続け、40年に145まで増加すると予測している。12年を100とした場合の外来患者数は、全国では30年に104となり、その後は緩やかに減少していくが、横浜市では伸長を続け、40年には119.7に達するという。この数値を踏まえ、城氏は「横浜市は高齢化が早いだけでなく、いつまでも高齢化の影響が残る」との見解を示した。
◆市立市民病院など市立3病院を配置
次に、城氏は市立3病院の概要を説明した。市民病院は1960年に開院し、91年の再整備工事竣工に伴い、92年には万治病院の感染症医療機能を集積した。3月現在は、病床数650床(一般624床、感染症26床)で、診療科目は33科目を標榜する。救命救急センターや2次救急拠点病院、脳血管疾患救急医療機関、急性心疾患救急医療機関など横浜市の基幹病院として一通りの機能を持つほか、神奈川県内では唯一の第一種感染症指定医療機関の認定も受けており、エボラ出血熱など拡大が予想される感染症リスクに対応可能だ。
脳卒中・神経脊椎センターは、老朽化した老人リハビリテーション友愛病院の代替として99年に開院。病床数は300床で、10科目を標榜する。みなと赤十字病院は、開港100周年記念事業として開院された港湾病院の老朽化に対応するため、小児アレルギーセンターの機能を統合し、05年に開院した。病床数は634床(一般584床、精神50床)で、36科目を標榜する。
◆3医療圏に地域中核病院を複数配置
城氏は、横浜市の主な医療施設の配置状況も解説した。横浜市には(1)横浜北部2次保健医療圏、(2)横浜南部2次保健医療圏、(3)横浜西部2次保健医療圏がある。(1)には地域中核病院として、済生会東部病院、横浜労災病院、昭和大学北部病院などがある。(2)には、横浜市の市立みなと赤十字病院、市立脳卒中・神経脊椎センターがあるほか、横浜市立大学の市立大学附属病院、市民総合診療センターがある。そのほかの地域中核病院には済生会南部病院、横浜南共済病院などがある。(3)には、市の市立市民病院があるほか、国立病院機構 横浜医療センター、聖マリアンナ医科大学西部病院などの地域中核病院がある。
城氏によると、横浜市はかつて人口あたりのベッド数が政令指定都市の全国最下位だったという。そこで、病院を整備しようとしたが、民間病院にとっては地価が高く進出が進まず、また公営で建設すると市の職員数が増加して費用がかさむため、土地+補助金による民間への誘致を開始し、計画的に病院を整備することにした。これにより、済生会南部病院や聖マリアンナ医科大学西部病院、横浜労災病院、昭和大学横浜市北部病院など地域中核病院が相次いで開設された。
◆巨額繰入金で市立病院は民間運営へ
一方で、02年度に横浜市長に中田宏市長が就任し、市長が掲げた市制の改革案の1つとして、同年度に「市立病院のあり方検討委員会」に報告書が提出され、市立病院の存在意義が厳しく問いただされることになった。
同委員会では、市の病院事業に年間80億円近い一般会計繰入金が投入されているにもかかわらず、誘致により相次いで開設した民間の地域中核病院と市立の病院は、利用する市民にとって特段の差異があるわけでもなくどちらを利用しても変わらないことなどが指摘され、公立病院のあり方が厳しく問われることになった。
その後、同委員会では、市立病院は「委譲による民営化」を第一に検討すべきであり、その実現が困難な場合には「公設民営(民間への委託)」も、さらにそれについても実現不可能な場合、「地方公営企業法の全部適用」への変更を検討すべきであるなど、市立病院にとっては厳しい提言があり、同委員会の結果、当時の港湾病院は公設民営化され、残る市民病院と脳血管医療センターは公営企業化された。
◆三ツ沢公園などに650床の新病院を計画
さらに城氏は、現在計画中の市民病院再整備事業を紹介した。市民病院の現状としては、多くの建物が老朽化・狭隘化しているほか、建物がバラバラに増築されたため、施設内の動線が複雑化している。そこで、三ツ沢公園の一部(1万3000m²)、民有地(約1万7000m²)に新病院を移転新築することを決めた。
事業規模としては、病床数650床(うち感染症病床26床)、計画外来患者数は1200人/日程度、診療科目数は3月現在と同様の33科目、延べ床面積は、医療の高度化やより良い療育環境の提供に必要なスペースを確保するため6万m²以上(病床1床あたり90m²以上)を想定する。
事業費は約426億円(建設関連経費約324億円、初度調弁費約58億円、除却費約21億円、その他約23億円)を予定。事業スケジュールとしては、3月末現在、基本設計を佐藤総合計画で進めており、16年度に実施設計、17年度から建設工事に着手し、20年の開院を目指している。なお、城氏は20年開催の東京オリンピックと建設工事の期間が重複することについて、資材の高騰により建設費の増加が懸念されるものの、病院老朽化の現状から、現行の事業スケジュールで進めていくという。
計画地は前記のように、三ツ沢公園の一部(1万3000m²)、民有地(約1万7000m²)だが、城氏によると都市公園法が厳しく、過去にも公園に病院を建設しようとしてもできなかった事例があると述べる。市民病院の移転の場合は、市民病院跡地(約2万m²)に同公園の野球場を移転し、公園の機能を損なわないようにしている。また、新病院開院後から30~40年を経過し、再び再整備が必要となった場合は、再び市民病院跡地に戻ることができるメリットもあるという。
◆災害時に備え三ツ沢公園との連携に注力
新病院の整備にあたり、同公園との連携にも注力する考えで、例えば既存施設では、陸上競技場はSCU中継拠点など、補助競技場は緊急用ヘリポート、球技場・下部諸室は災害時用簡易ベッドなどの保管や軽症者の治療など、県立スポーツ会館はDMAT拠点本部など、平沼記念体育館は健康・運動教室、遺体安置所、野外活動センターは応援人員の宿泊施設、野球場となる病院跡地は地下を駐車場、備蓄庫など、大災害時の支援物資受入拠点などの用途で使用することが可能であると考えている。
新設施設では、新市民病院は救急ワークステーションや、災害時を含む十分な電力、水などの確保・提供などを行うほか、災害時は災害拠点病院やDMATへの情報収集および発信できる機能を検討しており、また公園施設の照明用電力の供給などを行う。賑わい創出ゾーンでは、公園利用者も気軽に利用できるカフェ・売店などを展開するほか、災害時は負傷者に対するトリアージエリアとして活用する。
◆新病院の果たすべき医療機能を解説
事業規模や計画地の特徴に続き、同氏は新病院の果たすべき医療機能についても解説した。まず医療提供に係る基本方針として、(1)政策的医療の拠点、(2)市民の健康危機管理の拠点、(3)地域医療全体の質向上のための拠点と、3つの拠点機能を挙げた。
(1)では、救急医療を提供するために、救命救急センターの機能強化や救急隊との連携と人材の育成を図るほか、救急ワークステーションを設置する。小児・周産期医療の取り組みとしては、小児救急医療を充実するほか、周産期医療の機能強化を図る。がん対策としては、手術室の増設(現行の9室から15室以上)、鏡視下手術など低侵襲性医療の強化、内視鏡センター、外来化学療法室の拡充、放射線診断・機器の充実を図る。また、がん検診から治療、緩和ケアと総合的ながん対策にも取り組む。
(2)では、災害拠点病院として免震構造など地震に強い建築手法を採用する。ヘリポートも整備し、DMATも複数保有する。また、三ツ沢公園・周辺施設と病院が連携した災害医療活動を行う。(仮称)感染症センターも整備することで、市全体の感染症対策の拠点としての役割を担う。(3)としては、(仮称)患者総合サポートセンターを整備するほか、医療連携の中心的役割を担う。また、地域の医療従事者が研修やカンファレンスなどに利用できる多目的ホールや、医療技術向上のためのトレーニング施設などを整備することで、地域医療人材の育成を推進する考え。
◆患者や医療従事者に選ばれる病院を目指す
さらに、新病院の整備・運営に係る基本方針として、(1)患者や医療従事者に信頼され、選ばれる病院、(2)環境と調和し、人にも環境にも優しい病院、(3)安全で良質な医療サービスの提供と健全な病院経営の3点を挙げた。
(1)では、患者に選ばれる病院としては、より良い療育環境と適切なサービスが受けられる病院を、医療従事者に選ばれる病院としては、やりがいがあり、働きたいと思う病院を整備する。
(2)としては、地下水、太陽光、風力など自然エネルギーを活用した環境にやさしい病院づくりを目指す。また、三ツ沢公園の一体性確保による緑との調和も図る。人に優しい病院を整備するため、バリアフリーやユニバーサルデザインを取り入れるほか、JCI(国際病院評価機構)やJMIP(外国人患者受入医療機関認証制度)など国際化の推進も図る。
(3)では、徹底した安全管理対策やTQM(Total Quality Management)機能の整備、精神疾患合併患者および認知症合併患者への対応を強化する。健全な病院運営を図るため、効率的な病院経営や経営管理の適正化なども心がける。
◆民間活力の積極的導入を提唱
最後に同氏は、持続的な経営を可能にするための事業費抑制の取り組みを解説した。17年度の増税や、医療費抑制、病床機能の機能分化、地域包括ケアシステムの実現による社会保障と税の一体改革により、今後の病院経営は厳しさを増すことが予想され、新病院整備への投資も限られる。民間、公営を問わず実質的に診療報酬は下がる中で、建設および運営にかかるコストに関する工夫が求められている。
新病院においては、例えば免震ピットに1mの深さをプラスすることで駐車場とし、駐車場建設の初期投資を抑制した免震駐車場を整備するほか、隣接する球技場の騒音対策として、病棟・外来ゾーンは球技場の影響が少ない前面道路側に配置し、特に病室は競技場向きを避け、防音サッシなどのコストを削減するなどといった工夫が必要である。
また、レストランやカフェ、駐車場などの整備・運営には民間活力を導入し、コスト削減を図ることができる。さらに、ESP(エネルギーサービスプロバイダー)を導入することで、設備調達やその運用をESP事業者が実施するため、初期投資を大幅に抑制できる。定期メンテナンス・故障対応も一括管理が可能で、不測の事故・故障、性能劣化に伴う費用増加にも対応可能だ。
城氏は講演の最後に、20年に向けて、横浜市は東京オリンピック・パラリンピック、ラグビーワールドカップによる国際化、横浜環状道路や新庁舎の整備による都市インフラ強化が進むが、それと同時に市民が安心して受診できる医療機関を整備していくことは重要だと、今回の新病院建設の重要性を力説した。