電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第621回

量子コンピューター、道半ばもFTQC実現に向け開発盛り上がり


超電導方式で国内は256量子ビット、海外は1000量子ビット超えも

2025/9/26

 格段に並列計算に優れ、スパコン含む古典コンピューターを遥かに凌駕する演算能力が期待される量子コンピューター。IBM、マイクロソフト、グーグル、アマゾン、インテルといったビッグ・テックをはじめ、D-Wave Systems、IonQ、Atom Computing、QuEra Computing、Quantinuumなどのベンチャー企業が参入している。日本では富士通、日立製作所、NECなどが開発を進めている。今回は量子ビットを生成・計算する方式として先行する、超電導方式を用いた量子コンピューターを中心に動向をまとめてみた。

D-Waveが草分け的存在

 量子ビットを実現する技術として超電導方式、中性原子方式、イオントラップ方式などが候補として挙がっている。うち超電導方式は金属を絶対零度(マイナス273℃)まで冷却し、電気抵抗が存在しない超電導状態で量子ビット特有の「重ね合わせ」や「もつれあい」を作り出すものだ。

 ちなみに、「重ね合わせ」は従来の古典コンピューターが1ビットで0か1かの値をとるのに対し、0と1を同時に有するとのこと。1量子ビットでは何もできないが、10量子ビット(2^10)で1024、20量子ビット(2^20)で105万の組み合わせが可能となる。また、なるべく長い時間値を保持できることが望ましい(コヒーレンス)。一方、「もつれあい」は複数の量子ビットが相互に関連することで情報伝達が効率的に行われるとのことだ。

 超電導方式は、IBM、グーグル、D-Wave、富士通、NECを含む多くの企業が開発を進めている。うち最も早くに実用化にこぎつけたのがD-Wave。同社は2018年より商業用量子コンピューターの供給を開始した一方、ユーザー向けに量子クラウドサービス(「Leap」)を展開している。また、量子コンピューターの演算方式として、当初はアニーリング方式を採用していたが、現在ではゲート方式も取り扱っており、ふたつの方式を開発・製造している数少ない企業となっている。

 IBMはクラウド経由で最大127量子ビット(ゲート型)の量子コンピューターにアクセスできる量子クラウドサービス「IBM Quantum Platform」を提供している。同社の取り組みの大きな特徴が企業、大学・研究機関らが参加する、量子コンピューター関連のエコシステム「IBM Q Network」。ソフトウエア、エラー訂正アルゴリズム、アプリケーション、機械学習を含む数々の要素技術を開発している。日本勢では慶応義塾大学、JSR(株)、三菱ケミカル(株)、(株)三菱UFJ銀行らが参画している。

国産、256量子ビットが実用化

 国内における超電導方式の量子コンピューターは、23年に理化学研究所(理研)和光地区(埼玉県和光市)内で稼働した64量子ビット機が国産初号機。富士通、理研、産業技術総合研究所、情報通信研究機構、大阪大学ら共同研究グループが推進した。続く国産2号機は富士通と理研が中心に進めた理研 和光地区(「理研RQC-富士通連携センター」)内の64量子ビット機(23年)、3号機は大阪大学 量子情報・量子生命研究センター内の64量子ビット機(同)だ。

 そして国産4号機は今年4月に理研と富士通が公開した理研 和光地区(理研RQC-富士通連携センター)内の256量子ビット機だ。これは64量子ビット機に採用された64量子ビットチップを4つ組み合わせて256量子ビットチップ(36mm角)としたもので、従来比4倍の演算能力を有する。仕組みは室温からマイナス273℃まで冷凍機により段階的に冷却し、最下部に位置する筒状パッケージ内の量子ビットチップで計算処理し、その結果を増幅器を通じて外部出力するものだ。

 なお、量子ビットチップは半導体製造技術で作製しており、露光工程は電子ビーム描画装置を用いたほか、量子ビット特有となる重ね合わせは、ジョセフソン接合部をアルミ-酸化膜-アルミ構造とし、抵抗である酸化膜の厚みを制御することで可能とした。

 富士通はハイブリッド量子コンピューティングプラットフォーム「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」を通じて企業や研究機関向けに提供している。
 
1000量子ビット超も

 富士通と理研は、1024量子ビットコンピューター実現に向けて開発を進めており、26年度内にも提供を開始する計画だ。一方で、海外ではすでに1000量子ビットを超える事例も報告されている。例えば、Atom Computingは23年末、中性原子方式を採用した1180量子ビットコンピューターを開発したと発表した。これは1000量子ビットを超えた初めての事例であり、また中性原子方式が改めて有力視されるきっかけともなった。

課題はエラー訂正技術

 量子コンピューターのポテンシャルは従来の古典コンピューターと比べて極めて高く、64量子ビットレベルでも演算内容によってはスパコンを優に超えると言われる。ただし、最大の課題はエラーだ。デジタル主体の古典コンピューターと異なり、微量のノイズに敏感なアナログコンピューターの量子コンピューターは、数千回に1回程度の頻度でエラーが生じる。従って、本来のポテンシャルを発揮できていない。仮に演算用の量子ビットとは別にエラー訂正用の量子ビットを用意するならば100万量子ビット程度が必要とされており、実用化は困難となる。

 現在、様々なエラー訂正技術が提案されているが、そのうち有力な1つがIBMらの提唱している「論理量子ビット」だ。これは量子ビットを1と0ではなく、111と000とすることで、仮に3つのうちの1つの値が違っても多数決で値が保持できるという仕組みだ。

 IBMは今年6月、同社の量子コンピューターロードマップを更新。特筆すべきは過去に23年に1000量子ビットを目指すとしていたのに対し、29年で200量子ビットとした点。この場合の200量子ビットとは200論理量子ビットのことであり、同社がエラー訂正による量子コンピューターに大きく舵を切った証左といえる。


FTQC向け開発は盛りに盛り上がる

 今回、超電導方式の量子コンピューターを中心に触れた。ビッグ・テックをはじめ、数々の国内外の企業、大学・研究機関が開発を進めているが、実用化レベルで言えば「ノイズが多い中規模量子デバイス(Noisy Intermediate Scale Quantum:NISQ)」の段階だ。現在、エラー訂正技術の確立などにより、「誤り訂正量子コンピューター(Fault Tolerant Quantum Compute:FTQC)」実現に向かっており、中長期的目標であるFTQC1万量子ビットに向けて開発が苛烈化している。またIBMやQuEra ComputingらはFTQCに向けた具体的なロードマップも示しており、今後の量子コンピューターの進展に目が離せない。


電子デバイス産業新聞 編集部 記者 東 哲也

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