中国のDeepSeekが大きな話題となった際、「欧米はAI開発に多額を投資しすぎではないか」との懸念が強まったが、そこから半年余りが経過した現在、その懸念は杞憂だったと言っていい。米国のクラウド事業者は設備投資の手を全く緩めておらず、エヌビディアの業績にも陰りは見えない。米国のハイパースケーラー5社(アマゾン、アップル、グーグル、メタ、マイクロソフト)は設備投資を増額しており、2025年は1~6月期で前年同期比60%を超える増加率で推移している。25年の投資額を上方修正したメタは、26年も大型投資を継続する意向を示している。
こうした旺盛なAI投資は、日本の半導体企業にも数々の恩恵をもたらしているが、なかでも日本勢が得意としてきた光デバイスでは増産投資が相次いでいる。データセンターを中心とした通信環境のさらなる高速化や大容量ストレージの実現などが牽引役となっており、こうしたニーズは30年ごろまで継続するとの見方もなされている。近い将来、CPO(Co-Packged-Optics)の登場が予想されるなかで、光デバイスの重要性はさらに増すと考えられるため、この分野で日本勢の存在感はさらに高まりそうだ。
三菱電機はEMLチップを3倍増
三菱電機は、データセンターにおける通信のさらなる高速化に不可欠なEML(電界吸収型光変調器を集積した半導体レーザーダイオード)の生産能力を、28年度に24年度比3倍に拡大する投資計画を策定した。需要増のペースが鈍化したパワー半導体の増強計画を一部延期する代わりに、光デバイスに約100億円を投じて増強する。
同社はEMLで世界トップクラスのシェアを持ち、すでに24年時点でデータセンター向けEMLチップを累計6000万個出荷した実績を持つ。23~24年度にかけてEMLチップの生産能力を20年度比5倍に拡大する投資を実施したが、データセンターで800Gbpsから1.6Tbpsへの移行が始まったことを受け、26年度に24年比1.5倍、28年度には26年度比2倍に拡大する。高周波光デバイス製作所(兵庫県伊丹市)のNVL棟3インチラインを増強する。
また、将来の光電融合やCPOに対して、技術開発をさらに進め、広くコラボレーションを行っていく方針で、28年以降に見込まれる3.2Tbpsへの高速化に対応可能な400G対応のEMLとフォトダイオードも開発中だ。
古河電工はDFBチップを5倍増
古河電気工業は、光通信用のDFBレーザーダイオードチップについて、25年度下期に23年度比5倍まで前工程の生産能力を拡大する。AIデータセンター向けに光トランシーバー向けに需要が急増しているためで、前工程を手がけるグループ会社の古河ファイテルオプティカルデバイスを増強するほか、後工程についてもテスターなどを増設する。
同社は1988年から光半導体レーザーを製造している世界的大手で、特に信号用光源として長距離用途の波長可変光源と短距離データセンター用のDFBレーザーを製造している。データセンターでは現在、ラック間やボード間といった近距離通信にVCSEL(垂直共振器型面発光レーザー)+マルチモードファイバーの組み合わせが使用されているが、さらなる高速化を実現するため、直近ではシリコンフォトニクス(SiPh)とDFBレーザーにシングルモードファイバーを組み合わせたプラガブルトランシーバーが急増している。このソリューションは、DFBのレーザー光をSiPhで分岐するため、レーザーチップの数量を減らすことができ、組立も容易になるため、コストや消費電力に優れるという利点がある。
同社ではDFBレーザーチップの高出力化も推進中。また、次世代のネットワークスイッチ装置に導入されるCPO向けの外部光源(ELS=External Light Source)の開発も進めており、26年をめどに上市する計画だ。
ソニーはレーザーでHDDを革新
ソニーセミコンダクタソリューションズは、ハードディスクドライブ(HDD)の新たな記録方式として実用化された熱アシスト磁気記録(HAMR)方式に不可欠な半導体レーザー光源を量産している。HAMR方式のHDDは、米シーゲイトテクノロジーが24年に商品化し、ソニーは約15年間にわたってシーゲイトとレーザー光源を共同開発してきた。
HAMR方式は、およそ30TBで止まっていたHDDの記録容量を30TB、40TBへ高容量化できる技術。HDDには、記録用の磁気ディスク(プラッター)が10枚内蔵されているが、HAMR方式は記録用ヘッドが各プラッターを両面から挟み込み、両面に記録できるようになっており、レーザーはすべての記録用ヘッドに1個ずつ実装される。つまり、HDD1台で20個のレーザー光源が必要となる。
データセンターのストレージ向けに関して、調査会社からは、23~28年までの期間、台数ベースで年率22%、容量ベースで年率40%増加する見通しが示されているが、容量ベースではHDDが約9割を占める。ソニーでは、30年までにHDDにおけるHAMR方式の比率は70%を超える水準まで高まり、1億台規模になると見込んでいる。そこから単純計算すると、HAMR方式のHDD向けに20億個のレーザー光源がいる。
ソニーでは、白石蔵王テックで前工程と必要な装置の開発・製造、後工程はソニーセミコンダクタータイランドの4号棟に組立ラインを展開中。今後、HAMR方式HDDの需要増にあわせて白石蔵王テックでウエハー工程を順次増強し、HAMR用の構成比を高めていく。
JX金属はInPウエハー2割増産
こうした半導体レーザーの材料として不可欠なInPウエハーについて、JX金属は増産に向けた設備投資の実施を決定し、磯原工場に約15億円を投資して生産能力を約2割アップさせる。26年度から本格稼働させる。
同社はInPウエハーの世界3大メーカーの一角で、AIデータセンター向けの需要増が追い風となり、24年度のInPの受注は過去最高を更新したとみられる。InPの需要拡大は年率10%を超える水準で当面継続するとみて、増産を決めた。現在の出荷の中心は3インチだが、SiPhやセンサー向けの需要増加を睨んで、6インチも開発中だ。
電子デバイス産業新聞 特別編集委員 津村明宏