リチウムイオン電池(LiB)に代わる蓄電池として、ナトリウムやマグネシウムと同様に埋蔵量が豊富で、かつ低コスト化に有望な亜鉛を用いた蓄電池が注目を集めている。これまで、主に補聴器向けの空気亜鉛電池(一次電池)が広く普及してきたものの、蓄電池(二次電池)としての利用は実現されてこなかった。一方で、近年では企業、大学・研究機関を問わず、亜鉛を蓄電池に用いる取り組みが活発化している。なかには工場の建設計画を進める企業まで現れた。亜鉛を用いた蓄電池の動向をまとめた。
亜鉛を用いた蓄電池は、亜鉛イオン電池、ニッケル亜鉛電池、亜鉛空気電池、フロー型亜鉛空気電池などが挙げられるが、いずれも共通しているのは負極活物質に亜鉛を採用している点だ。それぞれを簡単に説明してみる。まず亜鉛イオン電池は、現行のLiBと同様に正・負極間をイオンが行き来する、インターカレーション反応により充放電を行う。異なるのはリチウムイオンが亜鉛イオンに置き換わったことと、リチウムイオンが1価に対し亜鉛イオンは2価であるため高容量化に有利なこと。また、電解質として水系電解液を使えるため安全性が高い。一方で、電極の劣化が激しく、またLiB同様に負極からのデンドライト(樹状突起)発生による短絡によりサイクル回数が伸びないという課題がある。正極活物質としてはマンガン酸化物、バナジウム酸化物、プルシアンブルー類似体などが候補に挙がっている。
ニッケル亜鉛電池は、現行のニッケル水素電池の負極活物質(水素吸蔵合金)を亜鉛化合物に置き換えたもの。ニッケル水素電池と同様、水系電解液を使うことから安全性が高いのが大きな特徴だ。
亜鉛空気電池は、金属空気電池の一種で、負極活物質に亜鉛、正極活物質に空気中の酸素を用いた蓄電池。負極活物質にリチウム金属、正極活物質に酸素を用いたリチウム空気電池と同様、LiBを大幅に上回るエネルギー密度が期待される。ただし、正極における活性反応が遅く、かつ耐久性が低いのが課題として挙がっている。
フロー型亜鉛空気電池は、酸素を活用して充放電を行う空気電池の一種で、電気を蓄える物質(蓄エネルギー物質)に亜鉛を利用する点が大きな特徴だ。基本構成は充電セル、放電セル、それにセルで充電された亜鉛を貯蔵する貯蔵部(電解液)の3つからなる。充放電メカニズムは、充電においては酸化亜鉛が亜鉛に化学変化する際に電子を蓄える一方で、放電は空気中に含まれる酸素との作用によって亜鉛が酸化亜鉛に戻る際に蓄えていた電子を放出することで電気を取り出す。
最大の特徴は、フロー型方式により大容量化が容易な点。具体的には、セルと貯蔵部が各々独立していることから、貯蔵部の大型化によって容易に大容量化が可能となる。加えて、他の亜鉛系蓄電池と同様、水系電解液を用いることにより高い安全性を確保する。
エナーポリー、世界初の亜鉛イオン電池工場
以下に企業動向を示す。
エナーポリー(スウェーデン・ストックホルム)は、亜鉛イオン電池の実用化にいち早く到達した企業だ。このほど、同社はストックホルムに建設していた、世界初となる亜鉛イオン電池のセル・パック工場がオープンしたと発表。2025年にも生産を開始する予定で、最終的な生産能力は年産100MWhに達する。
新工場「Enerpoly Production Innovation Center」は、ストックホルム北部Rosersbergに位置し、敷地面積は6500m²。現在、試運転中で、25年にも生産を開始する予定。段階的に生産能力を拡大していく方針で、26年には最終的な生産能力である同100MWhに達する。
用途としてはエネルギー貯蔵システムを挙げており、モジュール式により家庭向けからグリッドスケール向けまで幅広く対応する。
エナーポリーの亜鉛イオン電池工場(スウェーデン・ストックホルム)
同社は負極活物質に亜鉛、正極活物質にマンガン酸化物、電解質に水系電解液を用いた亜鉛イオン電池を開発している。詳細は不明だが、水系電解液の最適化などによりデンドライト発生を抑え、サイクル回数を伸ばすことに成功したという。
FDKら、ニッケル亜鉛電池の早期実用化を目指す
FDK(株)(東京都港区)は、23年よりニッケル亜鉛電池のサンプル出荷を開始しており、近く量産フェーズに入るとみられている。
このニッケル亜鉛電池は、同社が長年培ってきたニッケル水素電池の正極技術や構造技術、アルカリ乾電池の亜鉛負極技術を適用することで低環境負荷、高安全性を実現。用途の1つがバックアップ電源で、鉛蓄電池の置き換えを想定している。
日本ガイシは、再生可能エネルギーやスマートグリッドなどMWhクラス向けのNAS電池、IoTデバイスなどの小型機器向けの半固体電池(「EnerCera」)を製品化しているが、ニッケル亜鉛電池(同社は亜鉛二次電池「ZNB」と呼称)をこれら中間的な役割を担う蓄電池として実用化を目指している。
正極活物質に水酸化ニッケル、負極活物質に亜鉛・酸化亜鉛複合材料、電解液に水酸化カリウム系水溶液、セパレーターにOHマイナスイオン電導性セラミックスを採用。サイクル回数が低いという課題を同セパレーターの採用で改善したとしている。性能面では、体積エネルギー密度が最大200Wh/L、出力密度が最大400W/Lで、これは鉛電池の2倍、リン酸鉄リチウム(LFP)正極LiBと同等だ。
現在、KDDIが愛知県西尾市一色町に有する基地局においてバックアップ電源として実証実験中。実環境で1年間運用し、四季の温度・湿度環境の変化を通じた動作確認や停電試験などを行っている。
シャープ、フロー型亜鉛空気電池開発を加速
シャープ(株)(堺市堺区)は、環境省の「令和4年度地域共創・セクター横断型カーボンニュートラル技術開発・実証事業」の「ボトムアップ型分野別技術開発・実証」枠で採択されたことを契機にフロー型亜鉛空気電池の開発を加速している。
用途としては再生可能エネルギー併設の電力貯蔵用途などを想定している。同社によると、フロー型亜鉛空気電池はLiBのようにレアメタルを使用しないため材料調達が容易でかつ製造コストが抑えられる。また大容量化が容易で、かつ水系電解液を用いることにより高い安全性が確保できるとしている。
電子デバイス産業新聞 編集部 記者 東 哲也記者