5月15日に行われたセコム(株)取締役医療事業担当、セコム医療システム(株)代表取締役社長の布施達朗氏の、JPI(日本計画研究所)主催の特別セミナー「インド・バンガロール・総合病院の現状と課題を超えて、加速させる本格的グローバル展開と戦略」を伝える本リポート2回目は、第3章 セコム医療事業のグローバル展開が目指すもの((1)世界の中の日本の役割、(2)インド市場分析、(3)SAKRA World Hospitalの概要、(4)病院運営の課題、(5)海外における今後の医療事業展開)について取り上げる。
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◆セコム医療事業は海外展開で国内の医療維持
団塊の世代が75歳以上となる2025年度の医療費は56兆円(06年度比約2倍)、社会保障費は162兆円(約1.8倍)に膨れ上がる。この2025年問題に向け、布施氏は「セコム医療事業のグローバル展開が目指すもの」として、永続的に効率的で質の高い医療を提供していくためには、適正な利益を生み出す仕組みづくりを検討しなければならず、海外事業展開もその方策の1つと位置づけている。
さらに、世界に誇れる国民皆保険制度、効率的で質の高い医療技術、人間味あふれる「赤ひげ精神」、「思いやりや礼儀正しさ、おもてなしの心」といった良き日本の医療、システムを世界に発信していきたいとしており、また、安倍首相の国家成長戦略の一つ「医療サービスの国際輸出」にも合致し、政府のバックアップも期待できると前置きし、インド、インド市場、バンガロールの新病院について説明した。
◆インドの医療価格は民間事業者の自由度が高い
インド市場は、巨大なマーケット(12年の人口12億人、25年には14億人で人口世界一、若年人口が多い)、経済成長による所得の拡大、医療サービスの需要増加と不足する供給体制、株式会社による病院経営が可能、英語圏(コミュニケーション)といった魅力がある。布施氏は、こうした条件に照らすと「次はインドネシアなども有望」と話す。
インドの医療の現況では、公的医療保険は存在せず、国民の約15%が民間医療保険に加入し、医療保険は入院患者にのみ適用される。
医療費は、保険未加入者に対しては医療機関が決定し、保険加入者については、病院から申請された請求書をTPA(Third Party Administration、民間組織で35~40機関程度インドに存在)で適正かどうかを吟味して保険者に請求し、保険者が病院に直接支払う。医薬品は、患者への販売価格は製薬企業が決定し、病院の購買価格は、製薬企業と交渉する。臨床検査は、ラボや病院が独自に設定し、患者に直接請求する。病院は、政府系病院は全額国庫負担。私立病院は事実上、富裕層を対象としており、私立病院の主な収入源は臨床検査、薬局、食堂である。これらのことから、インドの医療は民間に大きく依存しており、価格の設定など、民間事業者の自由度が高いことがわかる。インドと日本を比較すると、医療費の負担割合は、インドは政府32%、個人68%で、日本の81%、18%と、大きく異なる。また、一人あたりの医療費はインド45米ドル(世界81位)、日本3190米ドル(世界17位)と、インドは日本の約70分の1である。
新病院が開院したバンガロール市は、カルナータカ州の州都で、人口約540万人(09年、インドで4番目)。平均所得は1600米ドル(06~07年)、100万米ドル以上の所得者は1万人以上、10万ドル以上の所得者が6万人以上存在し、インドのIT輸出の3分の1を占める企業がカルナータカ州に集積している。また、インドのバイオ企業265社の約半数がバンガロールにオフィスを置く。
◆SAKRA WORLD HOSPITAL開院
新病院「SAKRA WORLD HOSPITAL」は、事業費3500万ルピー(約60億円)で、セコム医療システム(株)が40.0%、キルロスカ財閥が34.6%、豊田通商(株)が25.4%を出資した。病院形態は総合病院で、主要診療科は脳神経外科、整形外科、脊椎外科、外傷(トラウマ)、心臓外科で、バンガロール東部のIT企業や高級住宅地の集積するエリアに立地する。周辺住宅地のアッパー層、アッパーミドル層が居住し、また、幹線道路沿いで患者を誘致しやすい。289ベッドを備え、医師約200人、看護師約400人を擁す。
新病院の運営組織体は、Takshasila Boardのもとに幹部会議を置き、その下に、診療部門、看護部門、診療技術部門、事務部門、地域医療連携(マーケティング)を配置し、各部門を横断的に品質管理部門(医療安全、感染管理、倫理コンサル、診療情報)と教育部門が結ぶ。
布施氏は、インドの病院の状況として、急性期医療であれば4日で退院するが、手術してICU、CCUを経て、一般病棟に移し、1日で退院する日本と比べ、循環器系医療をはじめ、医療水準は遜色ない。感染管理の面で若干弱いため、日本の管理ノウハウを持っていきたい、と説明する。
◆課題は医療の質の向上、教育システム
病院運営上の課題として、(1)医療の質の向上、(2)教育システムの確立、(3)低所得者層への医療提供を挙げる。(1)については、医療安全管理室を新設してこれを同病院の目玉とし、また、日本式クリニカルパスを現地のドクターと話し合って、一番効率的な進め方を確立するとして、インドにおけるクリパスを作りつつある。薬剤機能においても、自動化のシステムなどを作っていきたいとしている。(2)については、インドはナースが少なく、またその地位が低いが、今後はナースの役割が増え、ナースのニーズが増えることが予想されるため、看護部門を創設し、感染対策といった医療安全など品質管理に力を入れ、今のうちからナースの質を上げ、病院の差別化につなげようとしている。
(3)では、通常インドでは5%の一般患者受け入れがなされているが、新病院では10%の受け入れに設定し、社会への貢献度をアピールする。
◆新病院は予想を上回る業績で推移
患者数は予想を上回り、売上高は予定の3割増で推移しており、当初は3年目の単年度黒字を見込んでいたが、1年半ぐらいのうちに達成できる感触を得ている。さらに、年商のピークとして60億円、15億円の利益を上げ、7年で投資を回収する目標である。その時点で、外来患者は日600人、年18万人を想定する。
インドでは、病院事業の広告活動は認められており、また、地域医療連携(マーケティング)の部門を組織したことで、クリニックに営業をかける。
医師や看護師のリクルートは、現地の会社を採用して委託している。
従来のインドの慣習では、医療者のモラルに一部問題があることから、考えを徹底させ、チェックを怠らないように心がけている。
事業費は、建設資金や医療機器などが当初の予定を上回り最終的に60億円となった。このうち、医療機器に15億円を投じたが、価格面、メンテナンス体制いずれにおいても欧米メーカーに分があり、日本製は導入できなかったとした。
◆インドおよび東南アジアに教育病院設立へ
海外における医療施設数の不足、医療従事者(特に看護師)の低い技術、質の低い患者サービス、著しい経済成長に伴う医療需要の急増という現状に対し、18提携病院の病院経営ノウハウ、質の高い技術を身につけた専門職というセコム医療システムの財産をベースに、セコム医療システムのノウハウを提供し、各国の医療水準の向上に貢献するとともに、インドおよび東南アジアの主要都市に教育病院を設立し、医療者の育成を図る医療事業の展開を目指している。インドでは、日本より3倍早い治療~退院の回転で、また、患者の診療圏の面積は日本の3倍広いが、立地環境を調べながら病院を増やす考えである。