電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
新聞情報紙のご案内・ご購読 書籍のご案内・ご購入 セミナー/イベントのご案内 広告のご案内
第503回

量産拡大が本格化したGaNパワー半導体


海外勢の積極投資が日本勢の成長余地を削り取る

2023/5/19

 SiCに続き、GaNパワー半導体の増産も活発化してきた。もともとはスマホなどの急速充電器(アフターマーケット)向けで需要が立ち上がったが、今後は各種モバイル機器の電源に標準搭載されるようになり、その先にはEVをはじめとする電動車両の急速充電やデータセンター向けの電源といった巨大市場が控えている。現在の市場規模はまだまだ小さいが、大口径化が進めばSiCを上回る成長率で伸びていきそうだ。

小型かつ高速スイッチングが特徴

 GaNパワー半導体大手のファブレス企業である米Navitas Semiconducor(ナビタス)によると、Siパワー半導体に比べて、GaNはスイッチング速度が20倍速く、充電速度も3倍速く、電力を最大40%削減でき、1/3に小型化できる。市場拡大のアーリーステージにあるため、欧米のファブレスベンチャーが市場拡大を牽引してきたが、近年は自社ファブで能力増強に取り組む動きが活発化してきたほか、大手半導体メーカーも積極的に市場へ参入している。

 SiCと異なり、GaNパワー半導体は現在のところ、シリコン(Si)ウエハー上にGaNをMOCVDでエピ成長させたGaN on Siliconで製造されており、その多くが650V品だ。SiCパワー半導体はホモエピでデバイスを製造するため、SiCウエハーの大口径化にコストや時間を要するが、Siウエハーを用いるGaNは大口径化に制約がなく、コストも比較的安価だ。現在のところ、GaNパワー半導体の量産には6インチSiが用いられているが、今後の増産トレンドは8インチSiに移っていく。

トランスフォームがリアクター追加導入

 GaNパワー半導体大手の一角である米Transphorm(トランスフォーム)は、22年4~6月期にエピ成長用のリアクター2台を追加増設することを決めた。これにより、直近で4台のリアクターを導入することになり、23年末までに生産能力を倍増させる方針だ。

 トランスフォームは、かつて製造委託先だった会津富士通セミコンダクターウェハーソリューションを21年に買収してAFSWへ社名を変更し、自社の製造拠点として合弁形態で運営している。既存リアクターの再立ち上げや前述の追加導入はAFSWを中心に行っており、8インチ化を進めていくものとみられる。

 同社の出資先には、産業用ロボット大手の安川電機や、グローバルウェーハズの親会社である台湾のシノアメリカンらがおり、GaNパワー半導体のほかに、米国防高等研究計画局(DARPA)向けにRF用GaNエピウエハーの開発・供給も受注している。20年に全社の17%を占めるに過ぎなかったGaN製品の売上高を24年度に90%以上に高める方針を打ち出しており(現在は80%超)、今後はEV市場でのシェア拡大に向けて、まず電動の二輪車および三輪車の充電関連に拡販を進める方針を打ち出している。

イノサイエンスは月産能力を7倍に

 中国の新興企業であるInnoscience(イノサイエンス)も積極的な増強計画を打ち出している。調査会社TrendForceが21年に調べたところによると、イノサイエンスはGaNパワー半導体の出荷シェアでナビタス、米Power Integrationsに次ぐ3位。15年の設立当初から8インチGaN on Siliconプロセスで量産することに特化し、ASMLやAixtron(アイクストロン)といった大手メーカーから製造装置を導入して、20年以降に市場での存在感を急速に高めてきた。

イノサイエンスの8インチGaN on Silicon FETウエハー(同社ニュースリリースより)
イノサイエンスの8インチGaN on Silicon FET
ウエハー(同社ニュースリリースより)
 生産拠点は、17年に稼働した珠海工場と、20年に稼働した蘇州工場。現有の月産能力は珠海が4000枚、蘇州が6000枚の計1万枚体制だが、25年までに蘇州を6.5万枚まで引き上げ、両工場合計で7万枚体制へ増やす計画を立てている。現在は30~650V品を生産しており、24年からは車載用にも量産出荷する方針だ。

インフィニオンやナビタスは買収で攻勢

 大手企業では、独Infineon(インフィニオン)がカナダのGaN新興企業であるGaN Systemsを総額8.3億ドルで買収することを決めた。インフィニオンは、オーストリアのフィラッハ工場で既存6インチ/8インチラインをSiC/GaNパワー半導体の製造用に改修していることに加え、マレーシアのクリム工場にSiC/GaNの8インチ新工場を建設し、24年後半から稼働させることも決めており、Si/SiC/GaNいずれのパワー半導体でも世界トップの地位を狙っている。

 また、ナビタスは、過去1年で3件を買収し、Siデジタルアイソレーター技術を開発するベルギーのVDDテック、SiCパワー半導体ファブレスの米GeneSiCセミコンダクター、中国ハローエレクトロニクスから合弁事業だったAC-DCシリコン制御IC事業(エレベーションセミコンダクター)を傘下に組み入れた。GaN/SiCのパワー半導体を手に入れたことにより、市場機会を130億ドルから230億ドルへ拡大。21年時点で売り上げのほぼ100%がモバイル分野だったが、22年はモバイル&民生が40%、家電&産業用が約30%、ソーラー&ストレージが12%、EVが5%と、ポートフォリオを多様化させた。

アイクストロンはGaN向け受注が絶好調

 MOCVD装置最大手のアイクストロンは、SiC/GaN向けの装置受注が好調だ。23年1~3月期の受注残高は前年同期比60%増の4.2億ユーロとなり、20年以降で最高を更新した。1~3月期の受注高は前年同期比7%増の約1.4億ユーロで、その3分の1以上をGaNパワー半導体向けが占めた。新モデル「G10-GaN」が評価されたもので、23年後半に正式発売する。1~3月期の売上高7723万ユーロのうち、装置の売上高は5646万ユーロで、GaNやSiCといったパワーエレクトロニクス向けが64%を占めており、これでパワーエレクトロニクス向けが最大シェアを占めたのは22年7~9月期から3四半期連続となった。

日本勢の成長余地が削られていく

 昨今の海外半導体メーカーによるSiC/GaNパワー半導体への投資意欲はすさまじく、過去に例がない規模だ。Siパワー半導体市場では依然として日本企業が強いが、海外メーカーは、かつてない規模の投資によって、日本勢が持つSiパワー半導体のシェアをSiC/GaNの強化で削り取りにかかっている。SiCに関しては日本勢も大型投資計画を相次いで公表し対抗していく構えだが、GaNパワー半導体は参入メーカーがほぼ皆無で、ロームがGaN Systemsと協業していたり、東芝が事業化を匂わせる程度にとどまっている。

 パワー半導体市場全体の成長は今後も継続するだろうが、GaNパワー半導体の市場成長と採用拡大が続けば、Si主体から抜け出せない日本勢の成長余地を大いに削ぐことになるだろう。

電子デバイス産業新聞 特別編集委員 津村明宏

サイト内検索