電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第496回

実用化に動き出すダイヤモンド半導体


研究から事業への脱皮に期待

2023/3/24

 他の半導体材料を凌駕する物性を持つことから「究極の半導体」と呼ばれるダイヤモンド。長らく基礎研究フェーズが続いていたが、実用化に向けた動きが立ち上がり始めた。依然として社会に広く普及するまでには時間がかかる段階にあることは変わらないが、早ければ数年以内に実用化を視野に入れたデバイスの試作品が世の中に出てきそうだ。世間の関心が高まればリソースも集まり、研究開発の加速化が期待できる。

日本の研究機関がリードしてきたダイヤモンド半導体

 筆者はこれまでにも本コラムでダイヤモンド半導体を取り上げたことがあるが、改めてその特徴を振り返ってみよう。表に示されているようにダイヤモンドはバンドギャップ、絶縁破壊電界、電子移動度、熱伝導率といった諸特性でほかの半導体材料を大きく凌駕する。先行して実用化が進むSiCやGaNにも勝る特性を持つのが「究極の半導体」と称されるゆえんだ。耐放射線特性にも優れ、半導体化が実現できていない宇宙用への応用も期待されている。また、半導体デバイスのほかに量子センサー用も期待されており、量子コンピューティング分野の研究活発化を背景に大学や研究機関で開発が進められている。

 ダイヤモンドの半導体応用をリードしてきたのは、日本の研究機関だった。1980~2000年代にかけて、無機材質研究所(現NIMS)や産業技術総合研究所(産総研)が結晶合成法やp、n型半導体の実現といった要素技術を創出してきた。特に産総研はダイヤモンドの結晶成長から基板製造、ダイオードやトランジスタといったデバイス開発までを包括的に行い、現在に至るまで研究をリードしている。ただし、これまでのデバイス開発はラボレベルの動作検証にとどまっており、電子回路や機器に搭載して使用可能な実デバイスとしての開発には至っていなかった。


基板メーカーの成長が開発を後押し

 実用デバイスの開発が進まなかった大きな要因の1つに、ダイヤモンド基板の口径サイズが小さく、供給にも限りがあったことが挙げられる。産総研スピンアウトベンチャーである(株)イーディーピー(大阪府豊中市)は、09年の創業当初から半導体用基板の大口径化をミッションとしてきたが、企業成長を目指しながら研究開発リソースを捻出するのに苦心する期間が長く続いた。

 その状況が好転したのは意外な市場の勃興がきっかけとなった。宝飾用ダイヤモンド市場である。宝飾用ダイヤモンドは長らく天然産が重視され、人工ダイヤモンドには低い価値しか認められていなかった。それが10年代後半に大手ダイヤモンドメジャーが人工品のブランド価値を認める姿勢に転じたことをきっかけに、宝飾用の人工ダイヤモンド市場が一気に拡大。イーディーピーの単結晶ダイヤモンドが種結晶として強く求められるようになり、成長の起爆剤となった。これによって同社は22年に株式上場を果たし、半導体用基板の研究開発リソースを確保できる事業基盤を得た。

 宝飾用ダイヤモンド市場は世界的な景況感に左右されるため、直近の同社の業績は景気減速を受けて苦戦気味である。しかし、途上国の環境負荷や労働問題リスクが指摘される天然品を人工品に切り替える動きは中長期では変わらず、半導体用の開発を支える同社の基盤として貢献していくとみられる。

 また、同じくダイヤモンド半導体用基板事業の立ち上げを進める企業にアダマンド並木精密宝石(株)(東京都足立区、23年1月にOrbray(株)に改称)がある。同社はサファイアを下地基板にダイヤモンド基板を成長させるヘテロエピ製造法を開発しており、現在2インチサイズを実現している。今後は4、6インチ基板の実現を目指していくという。また、半導体用とは異なる成長法により、量子デバイスをターゲットにした超高純度の基板も開発し、製品化を目指している。

Orbrayの2インチダイヤ基板
Orbrayの2インチダイヤ基板
 半導体用基板の開発および生産能力拡大は途上段階にあるが、「以前と比べれば研究用基板の入手性は格段に良くなった」(ダイヤモンド半導体研究者)という。関心を持った研究者が着手したくとも、満足に基板が手に入らなかった段階はクリアされたといえそうだ。

実用シフトを志向する動きが相次ぐ

 そんななかにあって、基礎研究段階のダイヤモンド半導体を実用フェーズにシフトさせようという動きが出始めた。佐賀大学の嘉数誠教授は、約20年前からダイヤモンド半導体の研究を続けてきた。約5年前にアダマンド並木精密宝石のダイヤモンド基板に出会い、半導体開発用としての可能性を見出して以降、共同研究を行っている。22年5月には2インチ基板を用いて世界最高の出力電力875MW/cm²、高電圧2568Vを達成したデバイスを開発した。ダイヤモンドデバイスとして世界最高性能であることはもとより、半導体としても米マサチューセッツ工科大学(MIT)がGaNデバイスで達成した世界記録に次ぐものという。

 嘉数教授は半導体素子の動作実証から実用デバイスの開発へ研究段階をシフトさせなければならないという考えで、5年以内に使えるダイヤモンドトランジスタを世の中に出すという目標を掲げる。パッケージやボンディングなどの周辺技術を関係する企業と共同で開発するとともに、トランジスタの寿命を測定して長期信頼性を検証する。パワーエレクトロニクス回路を試作して動作実証も行う予定だ。

 産総研もまた、結晶成長から基板加工、デバイスまでの一貫した研究の蓄積を生かし、実用デバイスの実現を目指している。電流値や電圧など実用デバイスに求められる性能を大面積チップで実現することを目指す。基板とデバイス両輪で研究開発に取り組んでいく方針だ。

 さらに、22年8月、ダイヤモンド半導体の事業化を目標に掲げるスタートアップが誕生した。早稲田大学発ベンチャーのPower Diamond Systems(PDS)である。同社はダイヤモンド半導体の研究で先駆的な存在である川原田洋教授の研究成果の事業化を目的に、早稲田大学傘下のベンチャーキャピタルが出資して設立されたものだ。

 川原田教授は現在のダイヤモンド半導体の基盤技術である、水素終端表面を利用したダイヤモンド電界効果トランジスタ(FET)をいち早く開発したことで知られる。川原田教授の研究成果は同社のコア技術としてそのベースとなるが、自社のデバイス開発のみで完結しないビジネスモデルを志向している。基板メーカーやユーザーであるパワーエレクトロニクスメーカー、電気機器メーカーといった企業、大学、研究機関と幅広く連携し、ダイヤモンド半導体の実用化を目指していくという。材料からデバイス、システムに至るまでトータルでのエコシステム構築を、同社が旗振り役となり成し遂げるのが狙いだ。

嘉数教授が開発した世界最高性能のダイヤモンド半導体
嘉数教授が開発した
世界最高性能のダイヤモンド半導体
 設立から半年余りだが、すでに国内有数の大企業や研究機関との関係構築を進めているという。数年以内に実用化を想定したデバイスの試作品を発表し、そこからさらに1~2年後にはパワーエレクトロニクス回路などのシステムの発表を目指していく。

実用化に大企業を巻き込めるかがカギ

 PDSの代表取締役CEOである藤嶌辰也氏は、「パワーデバイスや高周波デバイスで豊富な実績を持つ企業が日本に集積している」とダイヤモンド半導体実用化のうえでのポテンシャルを語る。あとはこれらをいかにダイヤモンド半導体開発に巻き込むかであろう。残念ながらこれまでの研究の来歴にあって、企業側の関りが積極的であったとは言い難い。「学会など研究成果発表の場では企業エンジニアから強い関心が寄せられる。だがそれがビジネスに結びついていない」と研究者は嘆く。実際に製品として世に出るまで10年以上もの長い時間軸が必須で、先行きを見通せないことが企業に二の足を踏ませているのだろう。だが、大学や研究機関だけでは本格的な社会実装はできないのもまた事実である。

 一方、動きが早いのが海外勢だ。筆者の取材においても、研究者が発表した成果に対して台湾や中国企業から共同開発などの申し入れがあったという証言があった。昨今の地政学リスクの高まりもあり、海外企業との提携には日本の研究者は慎重だ。だが、日本企業が目を向けなければいずれは海外企業の力を借りてでも実用化しようという動きが起きるだろう。

 国プロレベルにおいても、ダイヤモンド半導体はSiCやGaNなど先行する次世代半導体と比べて関心が高いとは言えなかった。実用化への動きが複数出てきた今こそ、国や業界からも踏み込んだ動きが必要とされるのではないだろうか。

電子デバイス産業新聞 副編集長 中村剛

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