5月に米国で開催されたディスプレーの国際学会「SID Display Week 2022」において、(株)ジャパンディスプレイ(東京都港区)は、「偏光レーザーバックライト及びホログラフィック光学系を用いた薄型軽量ヘッドマウントディスプレイ(HMD)」について発表した。HMDに搭載する光学系を薄型化する技術で、映像を出力するLCD(液晶ディスプレー)と目の距離を短くすることができ、HMDの軽量化・薄型化に貢献する。今回、同社のR&D本部 要素開発部 要素開発1課の高橋泰啓氏に、技術内容と今後の展開などを伺った。
―― 2020年に、米国のメタ社がホログラフィック光学系を用いた薄型HMDを発表しています。これがパンケーキと呼ばれる構造の光学系とホログラフィック光学部材、レーザーバックライトLCDを用いた初のデバイスですね。
高橋 HMDは、長時間利用するための疲労やストレスを軽減するために、サングラスのように薄く軽いものが求められている。それを実現する技術としてメタ社が発表したが、当社でも、偏光レーザーバックライト技術とホログラフィック光学部材(HOE)を用いて、パンケーキ光学系とレーザーバックライトの組み合わせが抱える、光利用効率が低いという課題にアプローチしている。
パンケーキ光学系とは、4分のλ波長板2枚と凹面ハーフミラー、(凹面状の)反射偏光板などの部材で偏光状態をコントロールし、約3倍の光路長を得られる光学系で、従来の光学レンズ部分に相当し、これよりもLCDから瞳に入る光(映像)の距離を短縮することができるものだ。
―― 貴社の技術について。
高橋 当社では、20年にレーザーバックライトLCDの光利用効率を向上させる、偏光レーザーバックライトを発表している。パンケーキ光学系で使用される凹面ハーフミラーをHOEに変えることでフラットにし、同時に反射偏光板もフラットにすることで、光学系全体を薄くしている。ちょうど、膨らんだ2枚のパンケーキが平らになった状態だ。これは、従来の光学レンズタイプの光学系が約41mmであるのに対し、当社は約16mmと、半分以上の薄型化を実現している。
HOEは波長の選択性が高いため、発光波長幅の狭いレーザーバックライトが好適だ。また、パンケーキ光学系の光取り出し効率と、レーザーバックライトの発光効率を考えると、偏光板の透過軸に一致する光を出す、偏光レーザーバックライトが必要だった。これを開発したことで、高い光利用効率が実現できた。この偏光レーザーバックライトは、ゼロゼロ複屈折ポリマーという光の偏光方向を変化させない、特殊材料を用いた導光板を搭載することで、理論上100%の光をLCDに透過させることができるようになっている。
通常、どんなに理想的なLCDにしても、偏光板の透過軸以外の光を捨ててしまうことから、光利用効率は半減してしまう。さらに、パンケーキ光学系は従来よりも薄くできるものの、各部材の反射を経るため、LCDから出た光の利用効率が最大で25%にしかならない。当社の技術では、バックライトの光自体が偏光を発光するため、LCDパネルの透過率を、通常(無偏光バックライト)よりも2倍に引き上げることに成功している。
―― 同技術は、20年の発表時には17.3型のIPS LCDに採用されていました。HMD向けが異なる点は。
高橋 当社の偏光レーザーバックライトは、導光板を上下2枚使用した構造で、上側に左のレーザー光を導光させ、下側に右のレーザー光を導光させるように分けている。この構造により、光のミキシングエリアを十分にとることができ、かつ均一な輝度分布(偏光度)を実現している。
しかし、HMD用のディスプレーは従来のLCDと異なりほぼ正方形のため、左右の目に1枚ずつのパネルを用いており、1枚のLCDパネルに対し1つのバックライトを置いた場合、直進性が高いレーザー光では、光が混ざり合うミキシングエリアが十分に確保できないという課題があった。そこで当社のこの技術は、左右の目に1枚ずつのパネルを用いる両眼用の2枚のLCDパネルに対し、1つの偏光レーザーバックライトを用いる方式をHMDに採用している。1つのバックライトに上下2層重ねた導光板を組み込み、一方の導光板では左側から入れた光を右目用のLCDパネルに、もう一方の導光板では右側から入れた光を左目用のLCDパネルに出光させることで、光を十分にミキシングさせる構造だ。これにより、平均90.1%の均一な高い偏光度を達成している。これは無偏光のレーザーバックライトと比べて、1.9倍の輝度向上に値する。
また、色の再現性を確認すべく、フルカラー表示のベンチトップ・プロトタイプ(デモ機)を試作したところ、BT.2020のカバー率98%を達成している。
―― 今後の展開について。
高橋 製品化は26年度を目指している。今回、当社が同技術を発表したのは、これをもとに様々な意見を収集するためだ。デモ機よりも薄く、軽くしていくが、必要な薄さがどの程度なのか、顧客のニーズを拾いながら開発を進めていく。
HOEは凹面鏡と同じ作用をするもので、体積型ホログラムを材料メーカーから調達している。デモ機ではガラス基板に塗布したものを使用したが、フィルムにすることが可能なため、厚みは数十~100μm程度まで薄くでき、光学系を現状の16mmより薄くすることは容易だ。ディスプレーを含む光学系の薄型化・軽量化ができれば、HMDの筐体のプラスチックも薄型・軽量化ができるはずで、製品全体の改良に貢献できると考えている。
当社が目指すのは、VRの世界で実物と見分けのつかない画質の提供と、小型化だ。素晴らしい画像を、現状のような大きくて重たいHMDでただ見るのではなく、サングラス(のような軽さ薄さ)で視聴できるレベルを目指していく。
(聞き手・澤登美英子記者)
本紙2022年9月22日号6面 掲載