電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
新聞情報紙のご案内・ご購読 書籍のご案内・ご購入 セミナー/イベントのご案内 広告のご案内
第426回

停電騒動で見えてきた中国の新エネルギー戦略


「EV+PV」×パワー半導体

2021/11/5

 中国は世界で最も早期に新型コロナから経済回復し、コロナの第2・第3波で生産活動が不安定な国が出ると、その輸出基地として中国の工場はフル操業を続けた。ところが、2021年9月下旬、中国で突如として「電力リスク」が深刻な問題として浮上した。「限電令」(電力使用制限)と「停工令」(工場停止命令)のダブルパンチにより、中国各地の多くの工場が生産活動を制限せざるを得なくなった。

 9月末には江蘇省蘇州市や昆山市などで一部の半導体関連企業が電力供給を止められ、数日間の操業停止に追いやられた。10月に入っても多くの工場で交代制による計画停電の措置がとられている。2060年のカーボンニュートラル(CO2排出量と除去量を差し引きゼロ)達成に向けた環境対策と石炭価格の高騰による火力発電の電力不足という問題が複合し、長期かつ短期にわたる新たなチャイナ・リスクが製造業を中心に懸念されている。

 その一方で、中国政府は短期的には石炭や電力関連の対応政策を即座に打ち出し、長期的には新エネルギー車や太陽光発電などの新エネルギーシフトを加速させる重点政策を発表した。半導体業界では、省エネルギー化に効果を発揮するパワー半導体の膨大な需要が生まれた中国政府の政策を拍手で迎え、これまでのレガシー工場の投資計画にSiCデバイスの生産計画が上乗せされ、全国各地で関連プロジェクトが広がりをみせている。

中国のカーボンニュートラル計画

 中国の習近平国家主席は20年9月下旬、国連総会で「二酸化炭素(CO2)排出量を30年までにピークアウト(減少に転じ)させ、60年までにカーボンニュートラル(中国語では「タン(=石へんに炭)中和」)を実現する」タイムスケジュールを表明し、これを国際公約とした。世界全体の排出量の約30%を占める中国が実質排出ゼロを目指すインパクトは極めて大きい。しかし、先進諸国はすでに減少に取り組んでおり、50年にカーボンニュートラル達成の目標を設定している。それと比べると、中国は10年の猶予期間を与えられていることになる。中国は世界の輸出生産基地として多くの国の替わりに生産活動を肩代わりしているのだから、生産に付随してCO2を発生させてしまうのは無理もないことともいえる。

 中国は現在、全発電量の約70%を石炭などの火力発電に依存している(石炭火力のみでは全体の約60%、その他は石油や天然ガス)。カーボンニュートラルを達成する60年には、火力発電を20%以下にすると10月下旬に発表した。つまり、現在の非化石燃料発電の30%を60年には80%以上に増やさないといけない。立地面や安全技術で制約がある水力や原子力を無尽蔵に増やすことはできないため、この置き換え分のほとんどは太陽光と風力発電とガソリン車から電気自動車(EV)へのシフトによって実現することになる。
世界のエネルギー別発電比率の予測(IEA予測)


あと十数年でガソリン車をやめる

 世の中は「右向け右!」と言っても、社会全体や企業経営はそう簡単に方向を変えることはできないものだが、中国のEV業界は20年の新型コロナ後の景気対策と中国の新エネシフトの号令後、20年9月から即座に大増産と大量販売に舵を切った。21年は毎月とも前年の2倍以上も新エネ車(EVとプラグインハイブリッド車(PHV))が売れ、20年に136万台だった新エネ車販売は、21年には300万台に達する勢いだ。20年は新車販売全体に占める新エネ車比率は5%しかなかったが、21年は12%くらいまで跳ね上がるだろう。

 中国の自動車メーカーは「25年に新エネ車の販売比率を25%にする」とどの会社も金太郎飴のように口を揃えて発表している。それというのも、中国政府が「25年に新エネ車比率25%達成の目標ロードマップ」を敷いているからだ。まさに上位下達、トップダウンのお国柄らしい中国ならではといえる。

 25年の新車販売は低く見積もっても3000万台、場合によっては3500万台まで増えると中国の自動車工業界は分析している。25年に25%を達成すると、年間800万台の市場(20年の5倍以上)に飛躍する。日本の新車販売台数はガソリン車やEVなどを合わせても500万台に届かない。23年には中国はEV販売だけでも日本の自動車販売全体と同規模になることが予測される。

中国では20年にテスラのEVは日本の70倍も販売された
中国では20年にテスラのEVは
日本の70倍も販売された
 中国では、これにあわせて充電ステーションの普及もさらにペースアップする必要がある。充電インフラの業界団体の中国電動汽車充電基礎設施促進聯盟(EVCIPA)の統計では、中国には現在222万基の充電スタンドがある(21年9月時点)。これは「新エネ車3台に対して充電設備は1基」の計算になる。業界団体が推奨する「新エネ車2.4台に対して充電設備1基」の水準を25年に達成するには、充電スタンドは約3000万基が必要になる。現状との差し引きで、あと2700万基が必要になる。

新築屋根の50%に太陽電池を設置

 中国の太陽光発電設備の累計導入量は、21年末についに300GWを超える。中国国家エネルギー局の発表によると、中国は21年1~9月に25GWを導入した。過去最大の導入量となった17年は年間53GWを導入したことがある。四半期別では、20年10~12月の3カ月だけで約30GWを導入した実績もある。中国メーカーは世界の太陽電池の80%以上を生産しており、世界最大の太陽電池の市場と製造国になっていて、他国とは桁違いだ。

 中国政府(国務院、日本の国会に相当)は21年10月末、30年にCO2排出をピークアウトさせるための具体的な目標を発表した。この発表によると、太陽光と風力発電の総設備容量を30年に1200GWに到達させる。これから30年までに太陽光と風力発電で560GW(年平均では62GW)を導入することになる。そのために、今後新たに建設される工場や公共建造物の50%に太陽光発電の設置を義務化していく方針だ。すでに上海市の最後の開発エリアといわれる浦東の臨港新区では、新設ビルや工場の屋根には太陽光発電設備の設置が義務付けられている。


中国のPV自給率は100%、部品も80%国産化
中国のPV自給率は100%、部品も80%国産化
 中国は太陽電池用のウエハーや太陽電池セルとモジュールを垂直統合で国産化しているほか、各工程に必要なパーツや材料の大半も国産化している。とくに太陽光発電用のインバーター(パワーコンディショナー)では、世界最大の生産量を誇る。

新エネ発電とEVを省エネ半導体で運用

 パワー半導体というと、多くの人が車載用半導体を思い浮かべるが、実は車載用は全体の一部でしかない。しかし、パワー半導体は発電所や工業分野、充電ステーション、鉄道などの多くの分野で使われている。中国のパワー半導体メーカーはこれまでEV向けを意識した投資計画を発表していたが、最近は「太陽光発電のインバーター設備向けを狙っている」という話をよく聞く。

 中国での太陽光発電用SiCパワーデバイスの市場規模は20年にはまだ6億元(約106億円)規模しかなかったが、25年には約50億元(約888億円)へと8倍に拡大が予測されている。これは車載用SiCパワーデバイスと同等の規模がある。

 60年のカーボンニュートラル達成までの40年の長期間にわたり、太陽光発電向けでも大きな潜在市場が横たわっている。太陽光発電用インバーターの製造大手でもあるファーウェイは、スマホ事業の縮小を補うためにエンタープライズ(法人向け)事業の強化と事業構造の転換を計画している。今後は太陽光発電や新エネルギーの分野でもファーウェイの存在を目にするようになっていくだろう。

PV発電の数だけパワー半導体の需要が急増
PV発電の数だけパワー半導体の需要が急増
 21年末には米中トップ会談のネット開催が予定されているが、新エネ分野は両国が協調しあえる数少ない領域だ。それだけに、この会談のあとには、中国で新エネ分野の大きな政策発表があるものと期待を集め、業界関係者はそのビジネスチャンスを虎視眈々と狙っている。


電子デバイス産業新聞 上海支局長 黒政典善

サイト内検索