小田急電鉄(株)は小田急線の地下化によって生まれた土地を活用し、「下北線路街」の開発を進めている。商業施設、温泉旅館など様々な開発をしてきたが、この事業はデベロッパーが主導するのでなく、地元の人・アイデアをデベロッパーが支援するという新しい手法で進められている。同社まちづくり事業本部エリア事業創造部課長の橋本崇氏に話を聞いた。
―― 下北線路街の概要について。
橋本 小田急線の東北沢駅~下北沢駅~世田谷代田駅の地下化に伴って生まれた線路跡を活用した開発で、約1.7kmにおよぶ事業。これまで個人のチャレンジを応援する商店街「BONUS TRACK」、宿泊施設の温泉旅館「由縁別邸 代田」、下北沢駅併設の「シモキタエキウエ」、居住型教育施設「SHIMOKITA COLLEGE」などを開業した。直近では6月に商業施設「reload」をオープンした。
―― 全体のコンセプトは。
橋本 線路跡を中心とした2km圏内の住民の暮らしを豊かにしようと進めている。開発で特徴的なのは、我々デベロッパーが「街をこうします」と主導をするのでなく、地元で活動する人、何かやりたい人を手伝う「支援型開発」を掲げていること。開発にあたりシモキタの人たちと話していると、我々が主導して開発することに対して「ここは自分たちの街であり、やりたいこともある」と、自分たちの意見を持つ人も多かった。実際、シモキタの人は面白いアイデアを多く持っており、これを実現させていくと良い街になると考えた。そこで我々はサポートする立場に回ることにした。
―― 1.7kmと広範囲のため地区ごとにカラーがありそうです。
橋本 下北沢駅周辺は文化、カルチャー、商業機能が集積する。世田谷代田は住宅が多く、少し田舎の雰囲気を残した住宅街。東北沢も住宅が多く、住所としては東京都世田谷区だが渋谷区、目黒区の区境がすぐ近くにある。そのため自治体が街づくりをしにくく、色がついていない。一方で富裕層などが集まる代々木上原とも近い。ただ、代々木上原の住民はシモキタに若者のイメージを持っているようであまり訪れなかった。こうした代々木上原にいる30~40代の洗練された人々をシモキタに連れてきて、交流が生まれたら街がもっと面白くなると考えた。そこで東北沢に開発したのが6月に開業したreloadだ。
―― reloadはどんな施設でしょうか。
橋本 カフェ、雑貨、アパレル、シーシャ(水たばこ)、理髪店など幅広い業種を集めた。「あの人がやっている店だよね」と店主の顔が浮かぶような認知度が高い個店を誘致している。屋外空間が多く、路面店が連なるような構造・デザインにした。
すでに代々木公園で遊んでいた人たちがreloadに足を運び出していることが分かっている。今度はシモキタの人が代々木上原に行くようになるといい。
―― 店舗が集積した施設ではBONUS TRACKもあります。
橋本 BONUS TRACKはreloadと立ち位置が違い、これからお店を出したい人たちを応援する施設。シモキタは街の魅力が上がるにつれ、賃料が上がった。このため個性的な店舗が減り、チェーン店も増えてしまった。そこでこれらの課題に対してBONUS TRACKでは個人事業主にも借りやすい賃料設定にした。事前に支払い可能な賃料をヒアリングした上で、賃料から逆算して事業計画を作成した。各々の個性で施設を完成させてほしい。コロッケ専門店、レコード店など14区画あり、店舗と住宅を一体化させて昔の商店街のような作りにしているのも特徴だ。コロナ禍で住民が街に滞在するようになったので、売り上げは好調だ。
―― 宿泊施設も開業しました。
橋本 宿泊施設は地元からも要望が多かったし、来街者も多いので需要はあると考えていた。地元の人から接待に使えるような飲食店が少ないという声もあったので、懐石料理などが楽しめる温泉旅館 由縁別邸 代田を2020年9月に開業した。東北沢エリアに様々な人が集まる都市型ホテルも開業する。シモキタで遊ぶための拠点のようなホテルになる。価格はさほど高くないが、中目黒のおいしいコーヒーショップを誘致して価値を高める。
―― 今後の開発は。
橋本 年度内に下北沢駅前で2施設が開業する。1つが「(tefu) lounge」(テフ ラウンジ)で、デリやコーヒーショップなどの商業機能を設ける。またミニシアター、シェアオフィスなどが入居する。今年度で開発はほぼ終わり、ここから本格的な街づくりをスタートさせる。
もう1つは4店が入る商業施設で、飲食、食物販などがオープンする。この2つが開業すると、残りは暫定利用施設としてイベントなどを行う「下北線路街 空き地」の活用のみ。空き地の区画は世田谷区が進める工事が完了後、本格的に開発するかどうか検討している。
―― シモキタの魅力とは。
橋本 好きなことができる街であること。個々は好きなことをしているが商店街、趣味、神社などでつながりがあるのも良い点だ。面白いのが代田、東北沢などの人に「下北沢エリア」というと「うちは代田」「うちは東北沢」などと言うが、カタカナの「シモキタ」は皆の共通概念になっている。この概念の中身が自分らしくいることなのだろう。
―― シモキタの将来像は。
橋本 街の個性を可視化して、将来的にはシモキタに企業広告を集めたい。例えば企業はYouTuberの個性に対して広告を出す。同じように街の個性を可視化できれば、この街でイベントをしたい企業が増え、収益を街に還元できる。これまで画一的な街を開発する時代だったが、これからは個性を活かす時代。可視化できると街が面白くなるし、例えばアートイベントをやるにしても街ごとに違う内容になり、それぞれの街を訪れる目的になる。
個性はシモキタに限らずどの街にもある。街の個性を具現化するのが地元の人をサポートする支援型開発。これからは街の個性を磨き、可視化することが重要になる。
(聞き手・編集長 高橋直也)
※商業施設新聞2410号(2021年8月31日)(1面)
デベロッパーに聞く 次世代の商業・街づくり No.356