電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第425回

東京大学の黒田忠広教授は東芝で激戦を戦った強者だ


現在は産学連携と3Dチップの開発に全力投球の毎日

2021/3/19

東京大学の教授黒田忠広氏は東芝で20年間働く
東京大学の教授黒田忠広氏は東芝で20年間働く
 1982年という年は、まさにパソコン元年ともいうべき年であった。いわばOAの代表機器としてのパソコンが一般家庭でも買える手ごろな価格で市場に出回り始め、日曜日の東京・秋葉原電気街では、店のパソコンを使って遊ぶ小学生の姿が目立ち始めた。NECは空前のヒット作となる16ビットパソコン「PC9801」を10月に発売し、ブームを巻き起こす。

 またこの年は、CDプレーヤーも元年という年となり、ソニーや日立など電機メーカー9社により一斉に販売が開始された。レコード針によるアナログプレーヤーは退潮していくことになるのである。

 林真理子の『ルンルンを買っておうちに帰ろう』がベストセラーとなり、若者たちは気分がいい時は「ルンルン」していたが、暗い時は「ほとんどビョーキ」を連発した。若い女性たちは、この頃はやり始めたエアロビクスダンスに夢中になり、子供たちはスピルバーグの『E.T.』を観て涙を流した。

 さて、東芝はこの年、西島副社長をリーダーとして、IC/LSI事業の強化のためのプロジェクトチームを発足させた。半導体以外の事業部からも多く参加を募り、全社的なコンセンサスのもとに半導体一大強化策を打ち出すことになる。

 82年夏には、W作戦として行動に移すことになる。Wの意味は、「Value+Victory」で「World Wide Win」というものであった。この作戦の目標は、85年に日立を、90年にはNECをキャッチアップし、世界の半導体ランキングでトップにのし上がるという、実に野心的なものであった。

 この年に、東京大学電子工学部を出た1人の青年が東芝に入社する。この青年は、東大の宇都宮研で学んだ人であり、卒論は「ビスマスを使った光素子の変調」というものであり、光通信の電子回路という今日を先駆けしたテーマであった。この青年の名は、黒田忠広という。

 黒田氏は三重県四日市市生まれ、県立四日市南高校を出て、東京大学に進む。とにもかくにも、半導体という世界ステージで活躍したいとの思いが、黒田青年を東芝入社に走らせたのであった。
 「1982年に入社し、いきなり東芝多摩川に回された。半導体設計の仕事に携わり、なんとこれが2000年まで18年間続いた。後に副社長となる香山晋さんの直下であった。なんという自由度の高い会社であるか、と思った。そして何よりも驚かされたことは、周りがみな、素晴らしい人だらけだったのだ」(黒田氏)

 この頃、黄金技のDRAMを柱に、半導体日本一どころか世界一の座を狙っていた東芝は、とにもかくにもすごい人材を集めていた。当時の東芝の技師長は、後に副社長になる江川英晴氏であるが、この頃、「人材こそが東芝の最大の製品」とまで言っていた。

 さて、黒田氏は、東芝入社後すぐの仕事として、設計のデファクトスタンダードに取り組んだ。東芝、GE、シーメンスの連合軍が形成されていた関係で、共通のプラットフォームが望まれており、ここに注力した。その後は、トランジスタのしきい値電圧で使い分ける方法を設計ベースに置くという研究を続けていく。

 「20年間を東芝で過ごしてきたが、最終的な研究開発は3Dにするためのチップであった。データ接続を磁界結合するというものであり、これにのめり込んだ」(黒田氏)


 様々な事情から黒田氏は東芝を退社し、学の世界に移った。2000年に慶応大学に転出し、現在は、東京大学の大学院工学研究科に籍を置き、システムデザイン研究センター長の任にある。これは、産学連携をテーマとし、次世代のカスタマイズ専用チップを作り上げるということを目標としている。長い間培ってきた黒田氏のテーマが、今、開花しようとしているのだ。

 もちろん、黒田教授たちの活動に対しては、東京大学の五神真総長は徹底的に支援しているのだ。総長は、光の専門家であり、EUVについても詳しく分かるというほどの方だ。重要なことは、東京大学は今後の設計開発推進という意味で、台湾のTSMCと提携を決めた。このパートナーシップについても、総長は先頭に立って旗振り役をやってきた。半導体という世界で、いよいよ東京大学の出番が来たのである。

 「この総長の熱い思いに、私は強い感銘を受けている。汗をかいて、思いに答えたいと一生懸命なのだ。ニッポン半導体は決して負けない、と真に考えており、持てる総力を投入していく構えだ!!」(黒田氏)


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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