AIコンピューティングの産業構造が世界的に拡大している。米国、欧州、日本、台湾、韓国、インドなどはそれぞれが大型の国家補助金による自国の半導体製造強化を強烈に推進しはじめた。米国ではCHIPS法6.8兆円、日本では特定半導体基金4兆円、そしてインドにおいても、半導体のバリューチェーン全体の国産化を推進しているのだ。
AIコンピューティングに必要なのは、何と言ってもAIチップである。AI向けGPUは、エヌビディアが市場をほぼ独占状態であるが、他にもインテル、AMDなどのロジックメーカーがAIチップにのめりこんでいる。そしてまた、HBMやNANDフラッシュメモリーなどのメモリーデバイスにもAIチップインパクトは波及しはじめたのだ。アナログ半導体やディスクリートなどの分野でもAI対応の性能が求められるという状況が出てきている。
EVメーカーの最大手であるテスラにおいても、AI半導体を内製化したいという考えがあり、サムスン電子にファンドリー委託をしている。同社は、新世代のAIチップを設計し、この分野の世界首位であるエヌビディアに対抗していく考えを固めたようだ。自動運転計画をさらに推進するためには、どうしても新世代のAIチップが必要になる。
もちろんのことであるが、テスラそのものには半導体を作る技術は全くない。そこで、韓国の大手半導体メーカーであるサムスン電子に委託してAIチップ工場を作るという作戦に出たのだ(実にサムスンへの発注額は2兆4500億円)。このテスラによる新世代AIチップの性能はかなり高いようだ。さらに加えて、インテルにもAIチップファンドリー委託を考えているという報もある。
一方、日本を代表するロジックメーカーであるルネサスは、AI向けマイコンの開発をかなりの勢いで進めている。そして同社は先ごろ、AI用サーバーに搭載するメモリー向けの半導体を開発した。CPUやGPUがメモリーにデータを書き込む時のスピードを従来製品より10%も改善したのだ。このことで、AIの処理能力は画期的に良くなると言われている。
ルネサスの開発した半導体は、レジスタードクロックドライバー(RCD)と呼ばれており、データを一時保存するDRAMを複数搭載した複合部品のDDR5に内蔵され、CPUなどが計算したデータを効率良くメモリーに保存する橋渡し役を担う。何と1秒間に96億回もデータを転送できるのだ。このRCDというAIチップはサムスン電子が採用を決めている。
米国のファブレス半導体大手であるクアルコムのアモンCEOは、「AIの成長する可能性はとんでもないスケールだ」として、AIによる経済拡大のバブルがいつか破綻するのではないかという世間の評価は間違っていると指摘するのだ。
驚くべきことに、世界の大手テクノロジー企業は2028年までにデータセンターなどAI関連のインフラに460兆円を投じる見込みなのだ。まことにもって、AIの将来性は明るいと言えるわけであり、AI向け半導体はこの新しい時代のど真ん中に躍り出たといえよう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。