(株)産業タイムズ社 代表取締役社長 泉谷渉
パソコン用DRAMの大口需要家向け出荷価格は、2月後半分が前半分より5%高となった。主力の2Gビットタイプは1個1.05ドル前後であり、各社のペイラインとされる1ドルを半年ぶりに上回ったのだ。直近の最安値であった昨年11月後半分と比較すれば、実に26%も高くなっている。
ひと時代前であれば、このニュースは世界すべてのIT業界に直ちに伝えられ大騒ぎになったことだろう。また、株式相場においては「これでDRAMの主要材料の価格は上がる。製造装置メーカーの採算もよくなる。そしてまた、とにもかくにもDRAMメーカーは再注目される。すぐにも買いだ。とにかくひたすら買いまくれ」と絶叫する人たちの何と多かったことか。
さようまことに、DRAM価格は、大げさに言えば世界中の経済に影響するほどのインパクトを持ち、経済紙を読む人たちがいの一番に目をつけるところであった。しかしながら、今日に至っては証券業界の主要アナリストでさえ「ふーん、そうなの」と冷たくいなしてしまうほどの出来事でしかない。
「これが半導体の全貌だ!」
(かんき出版、泉谷渉 半導体産業新聞編集部 著
199ページより引用)
DRAMはかつてまさに半導体の王者であった。1990年代のある時期には、世界半導体出荷額の実に3割~4割がDRAMという有様であった。DRAMはダイナミック・ランダム・アクセス・メモリーの略称であり、日本語でいえば、随時書き込み読み出しができる記憶専用半導体といわれる。DRAMがもてはやされてきたのは、大量に生産することができ、費用が安く抑えられるため、容量を大きくすることが簡単なためだ。
主な搭載製品はパソコンであり、パソコンのほかにもテレビ、OA機器にも用いられている。しかしながら、何といっても大量に搭載されるのはパソコンなのだ。また、DRAMは基本デバイス技術、プロセス技術、設備技術、製造ライン技術などの面で、常に半導体業界の技術開発のリード役を果たしてきた。現在においては、決してそうではないという状況が生まれている。
1989年に日本勢が世界の半導体マーケットの53%シェアをとった時にも、その主役はDRAMだった。日本メーカーはNEC、富士通、東芝、三菱電機などが世界の上位を握り、まさにぶっちぎりの疾走状態であった。このころは三洋電機、沖電気、NMBセミコンダクターなどの日本メーカーもDRAM生産を強化していた。
ところが、1995年には韓国メーカーであるサムスンが首位を握り、その後、情勢は一変する。米国の大手テキサス・インスツルメンツもこの市場から撤退し、欧州の雄インフィニオンも退場を余儀なくされた。日本においては、NEC、日立、三菱の合弁となるエルピーダメモリ1社に絞り込まれ、生産を続けてきたが、武運つたなくマイクロンに買収されてしまった。いまやDRAMの世界はサムスンが断然の首位を走り、ハイニックスが2番手であり、韓国勢のワンツーフィニッシュという状況だ。DRAMの王者であった日本勢は、ついにただの1社も生産するメーカーがいない。
こうした状況下にあって、DRAMが今日において、ほとんど注目を集めなくなったことには大きな理由がある。DRAMの最大のアプリであるパソコンが止まってしまったからだ。パソコンは1980年に登場して以来、30余年の月日を過ぎて大きく普及し、いまや一家に1台どころか、一人に1台といっても過言ではないほど世界全体に行き渡ってしまった。10年前に1億5000万台であったパソコンの世界出荷台数は、2013年に至り約3億5000万台と急増したが、ここに来てまったくといっていいほど伸び悩んでいる。向こう数年間、パソコン販売に回復の兆しは見えないといわれており、専門アナリストの多くは今後これ以上の台数に伸びることはないだろうと予測する向きも多いのだ。
振り返ってみれば1999年ごろからパソコンの爆発的増大が始まり、これに搭載するDRAMの量も加速度的に増加していった。そして行き過ぎた結果として、この10年間であっという間に成熟化してしまった。かつて二十数社を数えたDRAMメーカーは、事実上4社に絞られてしまった。生産メーカーの数が寡占化すれば市場は伸びない、ということは他の業界においても当てはまる。
それにしても、DRAM価格がほとんど話題にならず、DRAM量産工場の建設の槌音が消えてしまった現在において、半導体産業は著しく元気がなくなった。半導体産業のアプリは確かに多岐に渡り始めたが、この成長を支えたのは何といってもパソコン産業であったのだ。パソコンを購入できる購買力のある人口は二十数億人しかいない。ピークで約4億台を年間出荷するという状況は、限界普及成長力を超えたことになる。買い換え需要中心のパソコンに明日の未来はなく、DRAM時代の終焉は、半導体産業にいやが応にもアプリ、技術を含めた大きな構造転換を迫ることになるだろう。