(株)産業タイムズ社 代表取締役社長 泉谷渉
「カーボンナノチューブ(CNT)を材料としたフレキシブルトランジスタはすでにできている。それどころか、もはやIC段階まで踏み込んできており、CNTコンピューターも作られている。カーボンという元素は、いよいよここまでの発展形に進化してきたことをもっと知ってもらいたい」
こう語るのは名古屋大学にあってカーボン元素、とりわけフラーレンの研究において国内外に知られる理学部長の篠原久典氏である。JPCA Show 2014(第44回国際電子回路産業展)における講演で同氏は「21世紀を切り開くナノカーボンデバイスとバイオメディカルへの応用」というテーマで熱弁をふるわれた。
「カーボンという元素は、あらゆる元素の中でもっとも共有結合性が強く、多彩な化合結合をとることができる。おまけに環境にも優しい。0次元のフラーレン、1次元のCNT、2次元のグラフェン、3次元のグラファイト、ダイヤモンドなどすべての次元を実現するのは、110以上ある周期律の中で唯一カーボンだけなのだ。さらにいえば、宇宙の中で3番目に多い物質であり、無尽蔵ともいうべきカーボンは、今後ナノレベル突入で様々な可能性のある製品開発が予定されている」(篠原氏)
『入門ナノテクビジネス』
産業タイムズ社「週刊ナノテク」編集部 著
(東洋経済新報社 刊)32ページより引用
篠原氏が特に注目しているフラーレンは、すでに市販されているものとしてゴルフクラブ、ボウリングのボウル、メガネのフレーム、テニスラケット、エンジンオイルなど数多くがリストアップされる。フラーレン応用の化粧品は驚くなかれ、30万件はあるといわれている。
三菱化学が実現したフラーレンの「塗る太陽電池」も興味深い製品だ。シリコンと違うところは、何といっても溶液に溶ける。これを塗り込めば、乾くと固まって半導体に変化し、光に反応して電気を起こす。薄くて軽く、丸みのある建物などに塗って使えるわけであり、製品寿命は10年。問題は変換効率がまだ10.1%程度であり、この向上が必要でロール・ツー・ロール製造プロセスによる量産コストダウンも課題となっている。アメリカにおいては、衣服に塗る太陽電池も売りものにするベンチャー企業まで現れたというのだから驚きだ。
『入門ナノテクビジネス』
産業タイムズ社「週刊ナノテク」編集部 著
(東洋経済新報社 刊)32ページより引用
「ナノカーボンが狙いとするのは、やはりシリコンに代わるトランジスタだ。データ検証では、すでにトランジスタの移動度を凌いでいる。モバイル時代に曲げられるデバイスが必須となるが、ナノカーボンは最適な材料といえるだろう」(篠原氏)
さて、篠原氏は「金属内包フラーレンを活用した核磁気共鳴診断装置(MRI)の造影剤」を発表し、世界のメディカル業界に一大インパクトを与えた。この造影剤はこれまでのものに比べ圧倒的な安全・安心を実現するものとして、まさにブレークスルーの製品なのだ。現在のものは、これまでの1/15の薄さで済むという世界チャンピオンデータも出ている。また、血管造影にも使えることが分かった。さらに、京都大学との共同開発で、ボロン10を使った金属内包フレーレンの中性子がん医療への応用にまで踏み込んでいる。
「シリコンが50年かかって作ってきた世界を、ナノカーボンはわずか20年の研究開発でここまで来たのだ。ITデバイスでいえば、半導体、液晶、有機EL、太陽電池など様々なところに応用が進むだろう。また、アベノミクスが提唱する医療作業革命にも多くのナノカーボンが活躍するだろう。ナノテクが切り開く夢の時代はもうすぐそこに見えてきている」(篠原氏)
思えばシリコン半導体も、16nmプロセス以降の展望が技術的な壁によりなかなかソリューションが見えてこない。液晶やLEDに代わる夢のデバイスといわれる有機ELも、膨大な時間をかけてもこれといったキラーの作り方が確立できない。こうした状況下で、ナノカーボンが切り開くデバイスの時代に期待する人たちは意外と多いのだ。ひところの流行歌的なナノテクブームは去ったが、その一方で学問の本質はますます極まり、いよいよ本格的な製品寄与の時代が近づいてきたと判断して良いだろう。