(株)産業タイムズ社 代表取締役社長 泉谷渉
「最近では飛行機に乗るときには、必ず遺書を携えている。いつどのようなことになるかわからないからだ。それにしてもボーイングの最新鋭機787にはもう絶対乗らないものね」
こう語るのは筆者の信頼するひとりのアナリストであるが、彼は台湾に飛ぶ飛行機が急降下し墜落寸前の状況になったことを、今も鮮明に語ることができる。急いで手帳に家族に対する遺言を書きつけたとしていたが、幸いにしてその飛行機は墜落寸前で海上から浮き上がったのだ。
そんなときには、どのような気持ちになるのかとその知人に聞いたところ、睨み返されてしまった。自然主義作家である田山花袋が死の床に就いたときに、友人である島崎藤村は臨終の際にある花袋にこう聞いたという。「死ぬときの気分はどういうものかね」。さすがにリアリズムの藤村といえようが、やりすぎであることは間違いない。
ところで、ボーイングの鳴り物入りの787は大きく信頼が揺らいでいる。バッテリーから出火したり、燃料が漏れたりするトラブルが相次いでおり、事態を重く見た国土交通省は米国とも連携し、本格的な調査に乗り出している。翼や胴体に炭素繊維を用いていることで超省エネタイプの新鋭機といわれた787は、かなりの人気を集めてきた。すでに49機の引き渡しを終え、今後の受注残は800機もあるといわれている。1機の値段は200億円と仮定して、なんとトータル16兆円の売り上げになるのだから、とんでもない。
ボーイング787の高松空港緊急着陸という大騒ぎの一方で、三菱重工は国産小型ジェット旅客機「MRJ」の大型増産を決め、愛知県内で8ヘクタールの新工場用地確保に動き出したことを明らかにした。いよいよ、この秋にも初飛行を目指すわけだが、少なくとも330機は受注するといわれており、競合機に比べ燃費性能が2割以上高いことがユーザーの間で高い評価を得ているのだ。
戦前の日本の戦闘機は世界に恐れられた
(多摩川精機本社の展示場)
ようやくにしてMRJの増産体制が立ち上がってくるとはいえ、日本の航空産業は大きく立ち遅れている。戦前においては中島飛行機(現在の富士重工業)が作り出した名機といわれた零戦、隼、紫電改など、錚々たる戦闘機が世界の空を駆け巡った。しかしながら敗戦の影響は大きく、技術は封じ込められ、長い間、日本の企業は本格的に航空産業に入れなかった。
敗戦と同時に連合軍は、日本に対し航空機の製作はおろか研究までも禁じてしまった。昭和27年までの占領7年間を通じて、航空機会社は完全に解体され、他業種への転換を迫られた。失職した優秀な技術者は、自動車や鉄道などへ流出し、その業界の成長を支えることになる。
今日にあっては三菱重工業のMRJや本田技研工業のホンダジェットなどは民間機参入を狙う起爆剤として期待されている。防衛関連でも、大型機のC-X・P-Xの同時開発や、ステルス機ATD-X開発など、大型プロジェクトが推し進められてきたわけで、日本の航空産業は新たな展開を迎えている。
少し前のことであるが、超大型機エアバスA380には日本企業21社が参画し、多くの重要部材を作り上げた。東レや三菱レイヨンの炭素繊維、住友金属工業のチタンシート、昭和飛行機のハニカム、横河電機のコックピットディスプレー、カシオ計算機のTFT液晶パネル、日機装のカスケードなど日本の技術の粋を集めてA380は完成したのだ。今回の787のトラブルで部材を提供する三菱重工、川崎重工、東レ、GSユアサなどの株が急落したことを見ても、日本の部品各社の最新鋭機に占める存在感は大きいのだ。
航空機関連産業は、今後20年の間に市場規模は300兆円にも達すると有望視されている。グローバリゼーションが進めば進むほど航空機需要は増すばかりであり、300兆円といえば、現在の自動車市場にも匹敵するほどの規模なのだ。それゆえにこの産業向けの半導体、ディスプレーなどの部品や各種素材の開発には、各社ともしのぎを削っている。ITの成熟化が見えてきた現状において、宇宙航空産業はまさに魅力的な半導体/ITの新アプリとして眼前にその実態が見え始めてきたともいえるのだ。