(株)産業タイムズ社 代表取締役社長 泉谷渉
半導体産業の将来性に対して赤ランプが灯り始めたと指摘する人が多い。赤ランプはともかく黄色ランプぐらいの領域にはあるだろう、として成長性を危ぶむ声も出てきている。
確かに現在の世界の半導体市場は25兆円で、この7~8年間アップダウンはあるものの、ほとんど止まったままだといってもいいかもしれない。
何しろ半導体の出口であるアプリケーションを見れば、その90%がIT分野であるのだ。しかして筆者が度々指摘するように、ITハードの3大主役であるパソコン、携帯電話、液晶テレビはいずれも成熟化が著しい。IT全体もまた120兆円前後でこの数年間止まったままであるといえるだろう。
確かに、スマートフォンのような爆発的な売れ行きを示す製品も出てきた。スマホは2011年で5億台、2012年は推定6億5000万台、2013年については8億5000万台まで拡大すると予想される。これだけを見れば、画期的なIT製品が出てきているではないか、とおっしゃる向きもある。
しかしてスマホとは何だろうか。それはパソコンであり、デジカメであり、もちろん携帯電話であり、はたまたテレビでもあるのだ。つまりは複合化機能商品であり、まったく新たな分野を切り開いたものではない。それゆえに、筆者の解釈では、スマホは既存のITの主役を食っているだけだと思えるのだ。であるがゆえに、当面はすごい伸びを見せても、いずれはサチッてくるだろう。
講演などにおいても筆者は度々、ITのカリスマ成長神話は終わっていると指摘している。しかして、誤解していただきたくはない。ITがサチッても、決して半導体が止まった、とは言っていないのだ。
トランジスタ誕生に始まる半導体の歴史は、常に新規分野を切り開く心臓部分の開発、という歴史であった。半導体は新産業革命を起こす核弾頭であったわけであり、今後もその位置は変わらない。例えば、液晶はCRTを置き換えただけであり、太陽電池は石油などの既存エネルギーを置き換えていくだけだ。ところが半導体は、新しい成長分野を切り開く夢の扉であり、何かを置き換えるという以上に、これまでにはないものを作り出す、という力を持っている。
IT以外のアプリでいえば、まず巨大化する医療産業が挙げられるだろう。この分野は10年後にもITを上回る140兆円の巨大市場を築くことは確実であり、デバイスと装置の両分野で半導体技術が貢献している。iPS細胞による再生医療、不治の病といわれてきたガンを克服する各種の装置、さらにはカプセル内視鏡など半導体技術を応用した製品開発は急ピッチで進められていくだろう。
環境/エネルギーの分野においても、半導体の拡大現象は続くだろう。太陽光や風力、地熱などの再生可能新エネルギーには大量のパワー半導体(IGBT)が採用されることは間違いない。また、米国発のシェールガス革命は火力発電の復活を意味することになるが、この分野においても高耐圧デバイス、システムLSI、マイコン、さらには各種ディスクリートが大活躍するのだ。送電網の再配備が進み、スマートグリッド社会が到来することで、各種の無線通信半導体がどうしても必要になる。また、次世代電力網はクラウドコンピューティングであり、そのサーバーにはフラッシュメモリーが大量採用されるとの見方が強まっている。
次世代環境車の世界においても半導体需要は増えている。すでに4つのタイヤの気圧をマイコンでコントロールするという技術の採用が進んでいる。これに加えて、突然衝突防止システムを搭載しない車は作ってはならない、という法規制がかかってくるだろう。そうなれば、1台の車に大量のCMOSセンサーが使われることになるのだ。もちろんハイブリッド車やEVなどの分野ではIGBTの開発が急加速してくるわけであり、SiCやGaNを用いた新型パワー半導体が飛躍の時を迎えるだろう。
筆者は2030年代には半導体産業は現状の25兆円から40兆円に跳ね上がると見通している。しかして、40兆円の中身を類推すれば、おそらくIT分野は60~70%まで比率が下がってくるだろう。残る比率はやはり医療、環境エネルギー、次世代環境車をコアとする新アプリが形成していくだろう。そしてまた、忘れてならないのは将来的に300兆円の巨大市場を構築するといわれる宇宙航空産業の幕開けが期待できるわけであり、リニアなどの次世代高速鉄道、ヒューマニクスロボット、街角のデジタルサイネージなど、半導体搭載が期待できる分野はまだまだ数多い。
それにしても、トランジスタ発明者の一人であるウィリアム・ショックレイが66年前に語ったことは、次のようなものであった。
「トランジスタの増幅作用は画期的なことだ。しかして何に使えるかといえば、補聴器ぐらいしか思い浮かばない」
当の発明者ですら、半導体が切り開く未来を予見できなかったのだ。時代性と技術を見分けて怜悧に将来を予測する作業ほど難しいものはない、といえるだろう。