(株)産業タイムズ社 代表取締役社長 泉谷渉
毎年恒例ともいうべきIHSアイサプライによる世界半導体マーケットシェアランキングが発表された。トップ10の顔ぶれを見て、日本勢はわずかに2社、それも東芝5位、ルネサス6位とメダルにも届かない有様を嘆く人は多いだろう。筆者が半導体記者として何とかやっていける、と感じたころ、すなわち80年代後半のことであるが、この世界ランキングでは常にNEC、日立、東芝の3社が金銀銅を独占していた。
「インテル、サムスンにかなわないのは仕方がない。それにしても成り上がりベンチャーのクアルコムに3位を奪われるとは情けない。どうにかならんのかね、泉谷クン」
80~90年代に活躍した大手半導体メーカーの元幹部が眼をつりあげて筆者に吠えた言葉である。「そんなこといわれても、どうにもならねぇ」と心のうちにつぶやいたが、IT時代の変化が、そのままランキングに表れるのだから、受け止めるしかないのだ。つまりは、スマートフォン、タブレット端末全盛の現状にあっては、この専用チップに特化するクアルコム、ブロードコムが圧勝するのは当然の帰結なのだ。
それにしても、トップ20の増減率をみて驚くことは、クアルコム+27.2%、ブロードコム+9.5%、NXP+6.9%、エヌビディア+8.7%、メディアテック+4.9%となっており、何とファブを持たないベンチャー企業がすべてプラス成長になっていることだ。彼らは製品企画/開発/回路設計に特化し、製造はすべてTSMC、サムスンなどのファンドリーを利用している。垂直統合とは異なる国際分業型の典型的なカンパニーたちであり、この時代にマッチしたビジネス展開で勝利している。クアルコムは、日本円でいえば1兆円企業であり、ブロードコムも6000億円以上を売り上げており、もはやベンチャー企業とは呼べないほどのスケールになっている。
垂直統合型、つまりは企画~設計~製造を一気通貫で行う企業でプラス成長を遂げたのは、2012年に限っては何とサムスン1社しかない。全半導体メーカートータルで2012年のセールスはマイナス2.3%であり、明らかに不況の年であるのに、ファブレスベンチャーだけは元気であり、しっかり利益を出し、売り上げも伸ばし続けている。
ファブレスベンチャーの有利さは、様々に挙げることができる。まずは、開発と設計特化であるからして、ほとんどといってよいほど営業部門がいらない。また、事務系といわれる分野も非常に少ない。必要なチップだけをファンドリーに頼むのであるから、余分な固定費はいっさい抱えるリスクを持たない。そしてまた、有能なエンジニアのみで少数精鋭を武器に立ち上げていくのだから、開発スピードも製品投入スピードも早く、他社の追随を許さない。何よりも、ITの流れ、技術の流れを見て適切な製品企画を行えることで、「オンリーワンチップ」を作ることができる。こうしたビジネスモデルに対し、日本勢はまったく歯が立たなくなってきた。
「それなら、日本においてもファブレスベンチャーを多く創出するモデルをつくれば良いじゃないか」とおっしゃる向きが多い。ちなみに筆者は、こうしたファブレスベンチャーを多く擁する日本半導体ベンチャー協会(JASVA)の会長を務めているが、この数年間、これといった気鋭のベンチャーはあまり登場していないのが現状だ。なにしろ、大手企業から有能な人がスピンアウトしてこないわけであり、ベンチャー活躍とはほど遠いというのが日本の有様なのだ。
しかして、底意地の悪い人は、パーティの席上で筆者にこうささやく。
「パナソニック、シャープ、エルピーダをはじめ、全軍総くずれの日本メーカーからは多くの人がリストラにより外に放り出されていく。あるいは、会社を見限って自分から辞めていく。有能な人材が外に出てくるのだから、今こそベンチャー林立の時を迎えたのではないか。わはははは。泉谷クン、これは楽しみだねえ」。このコメントに対し、筆者は胸の中にわきあがってくる次のような言葉を飲み込んだ。
「無名な企業、無名な製品、無名な人材を認めようとはしない日本のカルチャーが続く限り、真の力あるベンチャーは現れては来ないんだよう!!」