(株)産業タイムズ社 代表取締役社長 泉谷渉
「嫌われ松子の一生」という映画は実に切なかった。また、古くはイタリア映画の「誘惑されて棄てられて」は主題歌も良く、心に残る映画であった。
さて、世の中には嫌われモノ、鼻つまみモノといわれる人たちがいる。こういう人につける薬はないものの、私たちの生活の周辺にも多くの嫌われモノがある。一体に女性はゴキブリが大嫌いであるが、筆者はそれほどでもなく、鉄板で油いためしても大丈夫というくらい嫌っていない。夏場の腐臭を放つ生ごみが好きな人はまずいないだろう。また、汚いどぶ川や水溜りを見て美しい、すばらしいという人もいないだろう。
ところが、である。岡山大学においては、身近な溝などにできる褐色の沈殿物からユニークな酸化鉄を作るという研究が進んでいる。汚いどぶや水溜りにたまっている嫌われモノ、不要なモノとしての褐色沈殿物は、鉄の細菌由来の集合体なのだ。実に特異な形状と構造を有している。つまりは、身近に見られる褐色沈殿物は微生物由来の酸化物であり、これをよく調べたところチューブ状になっており、直径は約1ミクロン、アモルファス構造であり、多孔質なところに特徴がある。
電子顕微鏡でこれを観察すれば、幅20nmの繊維が複雑に絡み合った構造で、マイクロチューブとなっており、これを人工的に作るのはほとんど困難なのだ。バクテリアが分泌物を出し、シリコンも取り込んでしまう。これが特殊構造を作る原理であり、どうしてそうなるか、というところまではまだ解明できていない。
この開発を進める岡山大学大学院自然科学研究科の高田潤教授は、この分野における研究開発は世界にただひとつしかない、として次のようにコメントする。
「備中吹屋のベンガラといえば、美しい赤色顔料として知られている。各種陶芸にも使われ、女性の化粧品としても古来より使われてきた。残念ながら現在では製造を止めている。ユニークな酸化鉄は、このベンガラをほぼ再現できる赤色顔料となることがわかった」
この新酸化鉄は800℃で焼いても、チューブ構造はまったく壊れない。それゆえに、女性のファンデーションや食器メーカーの色付けなどに今後多く採用される可能性があるというのだ。そしてまた、このユニーク酸化鉄をリチウムイオン電池の負極材として使うことも充分にできることがわかった。現行材料のグラファイトの3倍の容量を持ち、高出力特性もすばらしいという。なにしろそこらへんにある汚い水溜りから抽出するのであるから、コストはまったくもって安い。そのほかにも医療分野として、乳がん由来の細胞への接着、世界最高の特性を持つ画期的な触媒なども視野に入ってきた。
「このユニーク酸化鉄の研究は、JST(科学技術振興機構)の戦略的創造研究推進事業に先ごろ採択された。しかも、科学研究費の補助金をつけるというボトムアップ方式ではなく、産業や社会に役立つ技術シーズの創出を目的とするトップダウン型基礎研究として選ばれたことの意味は大きい」(高田教授)
ちなみにこのトップダウン型の戦略的創造研究はこれまで東大、京大をはじめとする旧帝国大学系のみが採択されてきた。地方大学としては岡山大学が先鞭をつけることになった。エレクトロニクス、再生可能エネルギー、2次電池などの先端製品において、日本勢がアジア勢にキャッチアップされる場面が増えてきた。こうなれば、驚くべき新機能を持ち、かつエコであり、世界でただひとつという新材料の発見・開拓こそが、ニッポンの明日を切り開くわけであり、今回の成果にも期待したい。岡山大学が着手した嫌われモノ、不要なモノから多彩なエコ材料へと展開するという手法は、もったいない精神で知られる日本人の感性にも合っているといえよう。