(株)産業タイムズ社 代表取締役社長 泉谷渉
「半導体全体の伸びは鈍化しているが、パワー半導体だけは別格だ。IGBTやパワーMOSなどは環境エネルギー貢献製品であり、流行のエコチップとして今後、大きく伸びるだろう。2015年まで右肩上がりでの成長は間違いない」
多くの著名なアナリスト、評論家、さらにはジャーナリストが、幾度こうした言葉を口にしたことだろう。パソコン、ケータイ、液晶TVなどのデジタルITが成熟状態を迎えても、環境/新エネルギーの分野はグリーンニューディール革命の波に乗って市場が拡大する。パワー半導体は、あらゆるエネルギーコントロールを行う省エネチップであるからして、当然のことながら伸びは止まらない。実のところ、筆者もまた、こうした意見に組するひとりであり、パワー半導体の将来性を夢々、疑うことはなかったのだ。
ところが、世界は度々、思わぬ方向にカーブを切ることがある。半導体不況の波はまったく受けないといわれていたパワー半導体が、ここにきて一気にトーンダウンという現象が起きている。2012年は何とマイナス成長になる公算が大きいのだ。まずは、金額でかなり消費しているノートPC、デスクトップPCが止まってしまった。2012年のPC全体市場は3億5000万台くらいにとどまり、実に11年ぶりのマイナス成長となる見通しであり、ここに使うパワーディスクリート系は後退を余儀なくされる。
これまで、アジアおよび世界経済のドライバー役を務めてきた中国経済も変調が著しい。今のところは、2012年の通年で何と7.5%成長に落ちることは確実であり、大量消費に歯止めがかかってきた。急成長してきたエアコン市場も打撃を受けており、インバーター内蔵の高機能型が特に売れない。インバーターがダメなら、IGBTも数量は伸びない。この分野に強い三菱電機(IGBTの世界チャンピオン)もこうむった傷は深く、そう簡単に傷みはとれない。
ちなみに中国は省エネルギーに注力しており、2010年段階でエアコン出荷台数5200万台のうち、インバーター搭載比率は50%を超えている。ここ1~2年のうちにも7000万~8000万台の出荷もありうると関係者は見ていただけに、中国のエアコン失速に対する失望感が日本勢の間に広がっている。ところで、アメリカは自ら「グリーンニューディール革命をリード」と言っているくせに、インバーター比率は非常に低く、省エネに対する考え方そのものが薄い、という困った国なのだ。ちなみに、我が国日本のエアコンのインバーター比率は100%であり、さすがに省エネ王国といわれるだけのことはある。
太陽電池のパワコン、風力発電のギア部分など新エネルギー関連もIGBTの出荷を押し上げると予想されている。しかしながら、太陽電池(今や中国勢が世界シェアの50%を握る)は2011年から始まった大不況がおさまらず、2013年一杯まで抜け出す気配すらない。何しろ、市場の70%がEU向けであり、EUのクライシスが続く以上、元気がないのは当たり前のことであり、IGBTにも大きな負のインパクトを与えざるを得ない。風力もEUが中心であり、こちらも多くのプロジェクトが凍結されたままであり、当面のところ回復の気配がない。
さらに、日本を含む世界20カ国で推進されている高速鉄道の建設計画も世界経済の変調を反映し、実施時期が大きく遅れ始めた。産業用機械もここにきて止まってきた。全世界のエネルギー消費の約50%がモーターを回すことで生じるといわれるが、産業用機械もモーターの塊であり、今後、パワー半導体の大電流対応性能が上がってきたことで大量採用が見込まれていた。しかしながら、こちらも止まった。電気自動車(EV)も普及は1年半遅れているといわれ、これもまたIGBT採用が進まなくなる要因だ。
エアコン、PC、鉄道、新エネルギー、産業機械、EVがすべて伸びを欠いてしまった状況では、さしもの成長の星“パワー半導体”にもブレーキがかからざるを得ないのだ。パワー半導体の最先端品IGBTの世界シェアは、三菱電機を筆頭に、富士電機、東芝、ルネサスなど日本勢が70%を握っている。ここにきて、各社の主力工場は今や操業率50%程度といわれており、幹部は頭を抱え始めた。右肩上がりをずうーっと続けてきたパワー半導体が迎えた踊り場。それは、ただでさえ元気のないニッポン半導体の傷口にさらに塩を塗りこむようなものだ。
それでも、次世代の開花を信じて、SiCやGaNを使った新型パワー半導体の開発は止まらない。「いつか来るはずの春」を信じて開発者、エンジニアの努力だけは、止まる日が来ないのだ。
多くの調査会社がパワー半導体の右肩上がりを予想したが……