(株)産業タイムズ社 代表取締役社長 泉谷渉
ニッポンの得意技である半導体デバイスや液晶産業が大きく後退の道をたどる一方で、これらに使われる「ニッポンの素材力」だけは健在だと筆者は常々主張してきた。2009年段階であれば、半導体の三大材料であるシリコンウエハー、フォトレジスト、フォトマスクはいずれも日本勢圧勝であり、半導体産業全体としてもその材料については日本企業が世界の60%のシェアを獲得している状況であった。また、液晶産業についてもガラス、偏光板、保護フィルムさらにはカラーフィルターなどの主要材料についてのニッポンの強さは際立っていた。おそらくは、2009年段階ではなんと世界の液晶向け材料の70%は日本企業が占有していた、といえるだろう。
ところが、である。ここにきて、あれほどまでに強かったニッポンの素材力に暗雲が立ちこみ始めたのだ。たとえば、半導体向けフォトマスクの分野においては、かつて大日本印刷と凸版印刷の両社を併せれば世界シェアの60~70%は取っていたはずだ。しかしながら、最近ではサムスンや台湾勢などが内製化を急ピッチに進めることでその地位が揺らいできた。いまや、フォトマスクについては内製その他が世界の42%を占めるという有様だ。
液晶向けカラーフィルターの世界も激変している。かつては、半導体向けでも強い大日本印刷、凸版印刷を先頭にして東レ、住友化学などの日本勢が非常に強く、世界を席巻していた。ところが驚くなかれ、現状においては韓国のサムスン、LGさらには台湾のチーメイ、AUO、中華映管などが材料技術を完全に確立し、カラーフィルターをほぼ内製化するに至った。今日においてカラーフィルターのサプライチェーンについては、すでに8割程度がアジア勢の内製となっており、外販メーカーとしては大日本印刷がわずかにシェア9%、凸版印刷もたったの7%のシェアを保持しているだけだ。
もっとも半導体部材で最重要の位置を占めるシリコンウエハーについては、日本勢の強さは相変わらずだ。少し落としてきたとはいえ、信越半導体とSUMCOの2社を合わせれば65%の世界シェアをいまだに握っているのだ。信越は財務的にも強く、今後も設備投資の余力は大きい。SUMCOは09年にすさまじい赤字を出しリストラを余儀なくされたが、ここにきて回復基調が見えてきた。2012年2~7月期連結決算は4年ぶりに黒字化した。スマートフォンやタブレット向けの需要が伸びている一方で、太陽電池向けウエハーの撤退が寄与し、生産性が大きく改善したことで営業利益は前年比27%増の68億円を計上した。
最近では日本にとって虎の子とも言われる炭素繊維の生産を一部韓国に移す動きがある。また同じく、お宝ともいうべきリチウムイオン電池の材料生産を韓国に移すという風潮も生まれている。いまや、量産に拍車をかけていくのは、韓国勢、台湾勢、中国勢などのアジア諸国であるという認識が、海外生産を後押ししていくのだ。ユーザーに近いところで作るという論法にはまったく異存はない。しかし、知財権流出の恐れがないといえるのか、はなはだ疑問だ。
半導体も取られ、液晶も惨敗し、太陽電池も苦戦にあえいでいるニッポン。最後の牙城とも言うべきリチウムイオン電池は、ほんの数年前まで世界市場の70%のシェアを押さえていたが、最近の調査ではすでに韓国勢に首位の座を明け渡しているという。この分野においても、重要部材の正極材は相変わらず日亜化学が世界トップを守っているが、同3位であった田中化学研究所は、韓国など海外製の安値攻勢にメッタ打ちされ、一気に赤字転落の状況が続いている。環境エネルギーの分野においても、海外勢の素材力が急上昇しているのだ。
世界最強、史上最強といわれたニッポンの素材力が揺らぎ始めたことは間違いない。こうした情勢に対し突破口はあるのだろうか。コスト競争を避けて、画期的な高付加価値の新素材を開発し打って出る、という以外に今のところは回答が見つからない。