(株)産業タイムズ社 代表取締役社長 泉谷渉
ひと時代前にこういう論議があった。DRAMをはじめとするメモリーの世界で日本勢は敗退を喫したが、背水の陣でシステムLSIにシフトし巻き返す、というものである。2000年代初めには、すべての分野において一流の半導体技術を持つニッポンの生きる道は複合化戦略であるシステムLSIしかない、とさえいわれた。
なるほどシステムLSIは、電子機器や自動車、さらには産業機器などのセット機器のシステムそのものをワンチップのLSIに閉じ込めるという考え方であるからして、すべての半導体技術を持っていれば勝てる、と当時の日本メーカーが考えたことには意味があるだろう。アナログ技術、メモリー技術、パワー技術、センサー技術、マイコン技術などを組み合わせてきっちりと作り込むシステムLSIは、日本の半導体の低迷を払拭する切り札ともいわれた。
ところが、である。結論を言えば、この分野で日本勢は完敗を喫したのだ。ひとつにはシステムLSIを企画し、設計し、製造するまでには2年以上の長い歳月がかかってしまい、単体チップの価格の値下がりが速いため、コスト的にメリットが出なかったことが挙げられる。もちろん、実装面積の縮小や低消費電力という魅力はあるものの、2000年代前半の半導体ユーザーにとっては、良くて安けりゃ何でもよい、という世界なので、システムLSIを重視する風潮にはならなかった。第2にはデジタル家電が台頭してきたときに、家電を得意とする日本勢はシステムLSIで強みを発揮しようとしたが、家電産業そのものがピークアウトを迎えてきたために市場が伸びなかったという点もある。とにもかくにも、システムLSIに賭けた日本勢の夢は砕け散ったのだ。
ところで、世界の半導体をデバイス別に分けてみれば、一体何が最大の分野であるか、ご存知であろうか。ガートナー社の資料によれば、2011年の世界すべての半導体24.5兆円のうち、最大の分野を占めるのがなんとシステムLSI(33%)なのだ。ついで、マイクロプロセッサー15%、DRAM 9%、NANDフラッシュメモリー8%、アナログ7%と続いている。
何のことはない。日本勢はシステムLSIで完敗を喫したが、この分野そのものは世界最大のマーケットとなっており、実のところここを制したのは米国勢なのだ。トップを行くのがインテルおよびクアルコムで、各10%のシェア、次いでブロードコム7%、TI 6%と続いており、上位4社はすべて米国勢で占められている。わが日本勢はやっと第8位にルネサスが顔を出し、シェアはたったの3%だ。
これは何を意味するのだろう。結局は、出口となるセットで日本のエレクトロニクスメーカーが勝てなかったことを意味する。ファブレスとして知られるクアルコム社はなんと2010年段階でワールドワイド約4億個のモバイルステーションモデムチップを出荷した。そしてまた、無線通信機能やマルチメディア機能を高度に統合したスナップドラゴンも、スマートフォンを中心としたモバイル端末をサポートする標準品として大きく拡大している。クアルコムと並んで米国ベンチャーの代表格であるブロードコムもまた、有線・無線用通信チップのリーディング企業であり、あらゆる機能をシステムLSI化することで、驚異的な成長を果たしている。
日本メーカーは携帯電話、パソコンのいずれの分野においても世界的なスタンダード製品を出せなかった。もちろん現在、大フィーバーのスマートフォン、タブレット端末においても世界の後塵を拝している。垂直統合構造で戦ってきた日本勢は、電子機器のセットメーカーがまずヒット製品を出し、これに使われる半導体を同じ社内で量産というカルチャーの中にいた。しかしながら、最終セット機器で大ヒットを出せない限り、これに追随する半導体メーカーはどうしても勝てないという構造になる。つまりは、日本のシステムLSIは弱くなった日本のエレクトロニクスの土壌の中にあり、世界の流れから取り残されたのだ。日本でしか通用しないシステムLSI技術では、どうやってもグローバル展開はできなかったのだ。
システムLSIで完敗した日本勢が進む道は険しい。お家芸のDRAMも失ってしまった。しかしながら、イメージセンサーではソニーが世界トップシェアの18%を持っている。マイコンではたとえ落日といわれようと、世界シェアの30%はルネサスが握っているのだ。そしてまた、次世代パワー半導体のIGBTにおいても、三菱電機が世界シェア30%以上を持ち世界トップを快走している。NANDフラッシュメモリーの分野では東芝がサムスンをキャッチアップすべく全力をあげており、ファブそのものの生産能力ではサムスンを凌ぐ世界一の能力があるともいわれる。まだまだ残っている競争力を生かし、ニッポンの固有技術を最大限に活かせる次世代アプリケーションの開拓こそが、急務であると思えてならない。