日本と韓国が半導体材料の輸出管理を巡って対立を深めている。火種は貿易とは無関係のところで上がったが、気がつけば互いに罵り合い、収拾がつかなくなっている。まるで子供のケンカのようだが、一度振り上げた拳はなかなか下ろすことができない。
経済産業省は2019年7月、韓国に対する輸出管理運用の見直しの一環として、フッ化ポリイミド、レジスト、高純度フッ化水素の3品目の輸出規制を強化すると発表した。
最近ではレジストと高純度フッ化水素の一部で輸出許可が下りたようだが、韓国は依然としてホワイト国除外の撤回を強く求めている。それどころか、逆に日本に対するホワイト国の除外、さらには世界貿易機関(WTO)への提訴といった対抗措置を発表している。
わずか3品目の半導体材料の輸出管理強化でパニック状態に陥った韓国だが、半導体製造装置やシリコンウエハーなど、日本が高いシェアを持つ半導体関連製品はほかにも山ほどある。高純度フッ化水素だけでなく、エッチングや配線材料に不可欠な半導体用高純度ガスについても、その多くを日本が供給している。
高純度ガスの需要は急増
半導体の生産では大量の高純度ガスを使用(写真は建設中の東芝メモリ北上工場)
半導体用高純度ガス(電子材料ガスもしくはエレクトロニクスガス)は半導体や液晶、太陽電池など様々なエレクトロニクス製品を製造する際に使用する特殊な高純度ガスである。大きくは、半導体の配線などを形成する材料ガスと、エッチング(半導体の微細加工などを行う工程)や製造装置のクリーニングなどに使用するプロセス用のガスがある。
例えば、NF3(三フッ化窒素)は製造装置のクリーニングガスとして広く利用されており、WF6(六フッ化タングステン)は半導体のタングステン配線材料として需要が急増している。
NAND(不揮発性メモリー)やDRAM(揮発性メモリー)など半導体メモリーのエッチングガスとしては、Cl2(塩素)、HBr(臭化水素)、CH3F(モノフルオロメタン)、CF4(四フッ化炭素)、C4F8(八フッ化シクロブタン)、C4F6(ヘキサフルオロ1,3ブタジエン)などの需要が増えている。
供給は日本がリード
現在、半導体用高純度ガスの国内市場規模は600億円前後で推移しているが、世界市場はそれよりはるかに大きく、5000億円弱と推測される。主戦場は韓国、台湾、中国などの東アジアである。
一方で、高純度ガスを供給するメーカーは今でも日本企業が強い。昭和電工、大陽日酸、関東電化工業、ADEKA、セントラル硝子、住友精化、ダイキン工業などが様々な電子材料ガスを製造・販売している。
例えば、高純度Cl2は昭和電工とADEKAが主要サプライヤーだ。また、昭和電工は世界で唯一、高純度HBrの合成から精製までの一貫生産体制を構築している。
関東電化工業はWF6で世界シェア3割、CF4およびCHF3(三フッ化メタン)では世界シェア4割を誇る。COS(硫化カルボニル)はアジアのトップサプライヤーで、世界シェアは6割である。
旺盛な需要に支えられ、ガスメーカー各社の業績は好調に推移している。18年度は半導体市場の需要拡大を追い風に、各社は売上高を伸ばした。
昭和電工は20種類以上の電子材料用ガスをラインアップしているが、18年度はその多くで過去最高の販売を達成したという。大陽日酸も東アジアにおける電子材料用ガスの需要が好調だった。
関東電化工業はWF6の販売数量が増加し、ADEKAも年間を通じてDRAMや3D-NANDに使用される誘電材料の販売が好調だった。セントラル硝子も半導体用特殊ガスの出荷が増加した。
ただ、世界的な半導体の生産調整や米中貿易摩擦の影響で 、19年度は電子材料用高純度ガスの需要が減速している。
第1四半期(4~6月)の業績を見ると、ADEKAはDRAM向け高誘電材料の販売が引き続き好調で、セグメントでは増収増益だったが、昭和電工(12月決算なので第2四半期)、関東電化工業などは販売が伸び悩み、売上高を落とした。
ロジック半導体やCMOSイメージセンサーなどの非メモリー半導体およびディスプレー向けは比較的堅調だったが、3D-NANDやDRAMなどのメモリー半導体が伸び悩んだ。
生産増強に拍車
もっとも、20年以降は半導体市況が好転することから、高純度ガスの需要も急増すると期待されている。そのため、ガス各社は相次ぎ生産能力の増強に取り組んでいる。
需要が急増するWF6については、関東電化工業、セントラル硝子が生産能力増強に取り組んでいる。CH3Fも増強の動きが活発化している。大陽日酸が韓国と中国に合成・精製プラントを建設し、昭和電工、関東電化工業は需要増に対応するため、さらなる増強を計画している。
さらに、大陽日酸は韓国にジボラン(B2H6)のプラントを建設したほか、中国ではC4F6の精製プラントを整備中だ。関東電化工業も19年末にC4F6の生産能力を倍増する。
海外拠点の投資も活発化している。昭和電工がアジアで新プラントの建設を計画しており、ADEKAもアジアで需要が旺盛な高誘電材料の生産増強に取り組む考えで、韓国プラントの生産増強、さらには中国での生産を検討している。関東電化工業も中国に現地法人を設立し、半導体用の電子材料ガスを生産する計画を進めている。
技術の蓄積が強み
ところで、なぜ日本の高純度ガスは強いのか。ガスジャーナリストの林佳史氏によると、日本の化学メーカーは1980年代後半から半導体市場の成長に合わせて相次ぎ高純度ガスの国産化を開始し、現在に至るまで世界の半導体、液晶、化合物半導体を支えていると説明する。
こうした長年のノウハウの蓄積により、日本の化学メーカーは精製などの高純度ガス技術、ガスのクリーン充填技術、そして安全・保安技術などの面で世界をリードしているというわけだ。
さらに、林氏は「高純度ガスが血液なら、ガス供給機器は血管」と表現する。半導体の製造では、ガスが止まれば製造プロセスが止まる。そして、ガス供給機器に不具合が生じれば、やはり生産が停止するからだ。日本の高純度ガスに依存する韓国の半導体メーカーが危機感を抱くのも無理はない。
代替は難しい?
韓国の半導体メーカーにとって、日本の輸出管理強化は降って湧いたような災難だが、日本へのネガティヴキャンペーンに熱中する韓国政府が招いた代償と言うのは言い過ぎだろうか。
当然ながら、韓国も自国の半導体産業を守るため、半導体材料の自国生産や代替先の確保に力を入れている。最近では、「自国生産に成功した」「代替先のめどがついた」といった報道を目にするが、その信憑性はいかに。
そんなにすぐに生産できるなら、最初から自国で生産しているはずだし、経済産業省も、簡単に回避されるような措置を講じるわけがない。
ちなみに、中国では近年、化学プラントの事故が多発していることから、プラントの新増設が難しくなっているという話も聞く。
ある日本のガスメーカーの幹部も、「生産だけでなく、容器への充填や装置への供給も含めた供給系全体で高純度を維持するには、長年の技術の蓄積が不可欠だ。1~2年で実現できるとは思えない」と話す。
協調して発展できるか
21世紀に入って、すでに20年の時が流れた。目の前には、AIやロボットとの共存が迫っている。いつまでも大昔の出来事でいがみ合っている場合ではないだろう。
巷の噂では、日本政府は100以上のカードを用意しているらしいが、いくら不愉快な要求ばかり押し付けてくる相手とはいえ、これ以上の正面衝突は避けた方が良いだろう。こんな不毛な争いを続けても、結局は何の得にもならない。
「雨を祈れば、ぬかるみを覚悟しろ」という言葉がある。今回のホワイト国除外や輸出管理強化措置は、韓国が必要以上の雨を祈りすぎた結果だと思うが、対抗措置を講じた日本もぬかるみを覚悟する必要がある。
互いに相手を尊重し、協調して発展を目指していく。両国がこうした当たり前の関係に戻る日は来るだろうか。
電子デバイス産業新聞 編集部 記者 松永新吾