電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第146回

シャープは「文化」を克服できるか


危機をもたらした内部要因

2016/5/13

 経営危機に陥っていたシャープは、台湾の鴻海精密工業の傘下で再生を目指すことになった。筆者は4月初頭から本紙で『傾国のシャープ液晶事業』と題した連載において、一時代を築いたシャープの液晶事業が液晶テレビ市場の急落をきっかけに傾き、巻き返しのための手を打ちながらも、ついには自主再建不能なところにまで追い込まれていった過程を追った。本稿では、連載のいわば補論として、シャープの凋落の背景にあったと考えられる「文化」の問題に焦点を当ててみたい。シャープ再建の成否は、まさにこの「文化」の克服にかかっていると考えられるからだ。

中国スマホ市場の敗退で窮地に

 本題に入る前に、シャープが経営危機に陥ってから鴻海の傘下入りを決断するに至るまでの流れを振り返ってみよう。液晶テレビのリーディングカンパニーとして成長を遂げてきたシャープに大打撃を与えたのは、家電エコポイント制度の終了と地上デジタル放送への完全移行だった。これによって主戦場であった国内薄型テレビ市場は2010年の約2500万台から11年に約1980万台、12年に約645万台と急落。外販が弱く、自社テレビ用途に依存していたシャープの液晶事業は急激に悪化し、堺・亀山工場の操業休止に伴う操業損や在庫評価損などを加えて、11年度に3760億円の純損失を計上。続く12年度には液晶ラインの減損などが加わり、純損失は5453億円に悪化した。


 この危機を受けて、シャープは堺工場を鴻海と合弁化するとともに、亀山工場をスマートフォン(スマホ)向けを中心とした中小型液晶生産に転換するという、事業構造シフトを図る。これが功を奏して、13年度は液晶事業で前年から約1800億円改善の営業利益415億円を達成。V字回復を遂げたかに思われた。が、14年度後半から再び業績が悪化。液晶ラインの減損などを計上して純損失2223億円に転落した。15年度も営業赤字に沈んだままで、ついには自主再建を断念して鴻海の傘下入りを決断するに至る。

 一時は復活の兆しが見えたかに思われたシャープの液晶事業がどん底に突き落とされたのは、14年後半から成長が鈍化した中国スマホ市場での敗退が原因だ。経営状態が悪化して以降、設備投資を極端に抑制せざるを得なかったことがコスト競争力を減退させ、価格競争からの脱落につながった。また、米アップルのサプライヤーとしての地位がライバルのジャパンディスプレイ(JDI)や韓国LGと比べて劣り、iPhone向けを収益の支えにできずに中国スマホに過度に依存していたこともダメージを大きくした。

「変えるべき文化」の存在

 アウトラインとしては上記のとおりである。しかし、シャープの経営危機を追っていくと、その根底にある「文化」が見え隠れする。シャープの「文化」というと、創業者の故早川徳次氏の言葉、「まねされる商品を作れ」に象徴される、世界初の商品を数多く生み出してきた先進性、オンリーワン志向が浮かぶ。しかし一方で、「負の文化」と呼ぶべきものも存在する。13年に就任した高橋興三社長は、シャープの再生のためには「けったいな文化」を変えなければならないと繰り返し述べていた。

 「けったいな文化」とは何か。高橋社長は「これだ」と具体的に名指ししていたわけではないが、役員・上級管理職への二重敬称や形骸化した会議といった硬直化した企業風土を指していたようである。これから筆者が取り上げようとする「文化」が、高橋社長が是正しようとしていたものと一致するかどうかは確証がないが、恐らく高橋社長ら経営幹部は、この「文化」がシャープを経営危機に陥れた要因であることに気づいていた。そして、結局その是正は果たせなかったのである。

現実離れをもたらした経営と現場の乖離

 「現場が情報を隠す」。シャープの企業風土について業界関係者やアナリストからはこうした声が聞かれる。不都合な情報を出そうとしないため、経営判断に著しく支障をきたす要因になっているというのである。

 典型的な事例として筆者が想起したのは、15年2月に開催された液晶事業説明会における一幕である。この直前に発表された14年度第3四半期決算において、中国スマホ市場の悪化は表面化していた。そのため、この説明会においても出席した記者からは中国市場の状況についての質問が相次いだ。

 液晶事業トップである方志教和専務(当時)は、中国市場の悪化は台湾のタッチパネルメーカー、ウィンテックが14年秋に破綻したことに伴うサプライチェーンの影響などによるものであり、顧客の在庫調整が済めば回復に向かうという認識を示した。ところが実際には、価格競争の敗退によって中国市場における収益基盤は崩壊しており、第4四半期に営業損失317億円を計上して14年度の利益のほとんどを喪失した。中国スマホ市場の落ち込みが一時的なものであるという見解は、現場からの情報に基づいたものだろう。当時、すでに市場の異変はたびたび報じられていたにもかかわらず、シャープの上層部は希望的観測に飛びついた。

 これ以降、シャープの事業見通しは現実離れの度合いを深めていく。14年度決算発表では、液晶在庫評価損の計上と液晶ラインで減損処理を行ったことで収益性は改善したと説明し、15年度の回復を目指すとしていた。だが、液晶事業は営業赤字に沈んだままで回復の兆しが見えず、15年8月には他社との提携による切り離しを検討すると表明。秋以降には、液晶だけでなく全社的な支援の受け入れが必須の情勢となる。鴻海をスポンサーに選ぶ方針がほぼ固まった16年2月初頭の第3四半期決算発表段階では、液晶事業は通期300億円の営業損失を予想していた。だが、第1~第3四半期に各100億円超の営業損失を出しているなかで、第4四半期に約70億円リカバーする計画は現実的だったのか。実際、鴻海と資本提携契約を締結するのと同時に、シャープは15年度通期決算の下方修正を発表している。本稿執筆時点では液晶の最終的な業績は公表されていないが、工場操業損や在庫評価損のさらなる計上が見込まれており、従来目標を大幅に下回ることは確実である。

 シャープは経営危機に陥って以降、主力銀行の支援を受けており、業績目標を達成できなければ事業や拠点売却を迫られるというプレッシャー下にあった。そのため、経営陣が現場に無理な目標を強いたことは容易に想像できよう。だが、現場側も実態をひた隠しにして上層部に楽観的な情報を上げ、自ら達成不可能な目標を設定される下地を作っていたのではないか。それが設定された事業計画と実際の業績との乖離の拡大につながったと考えられる。

堺・亀山工場の「ハードランディング」

 次に、さらに時を遡り、シャープ液晶事業の斜陽の始まりとも言うべき11年の「堺・亀山工場急停止事件」を取り上げよう。これは11年4月の上旬にシャープが突如として堺・亀山工場の稼働を停止し、5月半ばまで休止した事件である。稼働の一部調整ではなく全面停止で、工場に部材を供給しているサプライヤーにも直前まで告知がないなど極めて異例の事態だった。これによって11年度に計上した操業損は約258億円にのぼった。

 なぜこのようなことになったのか。シャープは東日本大震災に伴う部材調達難が原因だと説明したが、業界関係者は否定的だ。実のところ、理由は液晶テレビ用の大型液晶在庫が積み上がったことにある。堺工場は10年7月に、それまでの好調な需要を背景に生産能力を倍増させたが、直後に液晶テレビ市場が急落。このため同年後半から11年頭にかけて減産に入っていたが、在庫の消化が追いつかなくなったのだ。

 だが、市場の落ち込むスピードが想定以上だったとはいえ、1カ月以上にわたり工場を全面停止させるような「ハードランディング」を避けることはできなかったのか。しかも在庫調整はこれで終わりではなく、12年初頭には再度の減産実施を余儀なくされたのである。この一連の混乱でシャープが負ったダメージはあまりに大きかった。

 当時はシャープ以外のテレビメーカーも軒並み業績不振に陥っており、日本の薄型テレビ市場の終焉とも言うべき転換点だった。しかし、それを踏まえてもシャープの判断には遅れが目立つ。堺工場の増産を決めた10年7月にはすでにテレビ市場の減退が始まっており、それまで市場を支えてきた家電エコポイント制度、地上デジタル放送への完全移行特需も終わりが見えてきていた。にもかかわらず、シャープは「駆け込み需要」の期待に固執してテレビ市場のさらなる縮小への対応が遅れた。先行き懸念があったのに増産を断行したこと、その後の戦略見直しを躊躇したことが重なって多大な損害をもたらしたのである。

堺工場の急停止をもたらした判断の遅れはその後も繰り返された
堺工場の急停止をもたらした判断の遅れはその後も繰り返された
 先述したように、14年度には業績急落を受けて中小型液晶製造ラインの減損と在庫評価損の計上を実施している。続く15年度も亀山第2工場を中心に生産調整を余儀なくされているが、通期決算ではさらに在庫評価損が追加されるという。11年と同じく、ブレーキを踏むタイミングの遅れによる損失拡大を繰り返している。これでは「急停止事件」の教訓を活かせなかったと断じざるを得ない。

判断遅れを招いたもの

 これまでの事例を見ると、特に市場の後退局面においてシャープが致命的な遅れを取っていることが分かる。その一因が先に述べた現場と経営の乖離にあるのは間違いないが、そもそもそれをもたらしているのは何だろうか。

 ある業界関係者は、「シャープは意思決定ができない会社だ」と証言する。どういうことか。某工場で新たな設備の導入が検討された。導入することを決めたまでは良かったが、肝心のゴーサインが出ず、シャープ側に打診しても担当者間をたらい回しにされるばかりで要領を得ない。導入によって製品をスケジュールどおりに生産できるタイムリミットは迫っている。業を煮やした機器メーカーが警告を発して何とかギリギリで間に合わせたが、シャープの担当者はこれまで判断を先送りにしてきたことを棚上げにして当初スケジュールからの遅延は許さないと主張したという。

 このエピソードから垣間見えるのは、各担当者が極端に意思決定を恐れ、生じたトラブルの責任を外部に帰そうとする社風である。そして残念なことに、自身に由来するトラブルではないのに高圧的に責任を押し付けられて閉口したという同様の事例は複数の関係者から聞くことができ、こういった話が常態化していたことが窺える。
 このような雰囲気が蔓延した社内において「このままでは販売目標を達成できない」「工場の稼働を落とさないと在庫過剰になる」といった異常事態が観測された場合、担当者は速やかに軌道修正するよう意見具申ができるだろうか。発見者が異常の責任を取らされるかもしれない組織であれば、ほかの誰かが報告する、ないしは外部要因で問題が解消するのを期待して判断を先送りにする方が安全だと判断するだろう。かくして問題が発覚しないまま取り返しのつかない事態に発展する、というケースが繰り返されることになった。また、外部に責任を押し付けてトラブルを起こす悪癖は他社との関係を悪化させ、危機突入後の冷淡な反応を招いた。これらの地盤の揺らぎは業績悪化に拍車をかけ、ついにはシャープを再起不能にまで追いやったのである。

鴻海は「文化」を変えられるか

 シャープの抜本的な立て直しには、この「負の文化」を変えることが必須だ。新たにシャープの舵取りを担うことになる鴻海にそれが可能だろうか。4月6日、堺工場を運営するシャープと鴻海の合弁会社、SDP会長の野村勝明氏が副社長執行役員、社長の桶谷大亥氏が常務執行役員としてシャープに入社した。桶谷氏は同時に液晶事業を所管するディスプレイデバイスカンパニー社長に就任し、SDPとの一体運営に向けた取り組みをスタートしたと見られる。両氏はもともとシャープの大型液晶事業の出身であり、その社内文化については熟知しているだろう。鴻海との合弁体制において、SDPを13年度から3年連続で営業黒字化した実績もある。

 シャープの液晶技術は世界で初めて量産化したIGZOを代表に、依然として強いポテンシャルを持っている。硬直化し、能動的な活動を阻む社内文化を打破できれば、再生できる余地は十分にある。鴻海が新たに示す経営方針が注目される。

電子デバイス産業新聞 大阪支局 記者 中村剛

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