サムスン電子は、昨今、半導体事業に対する世間の懸念を払拭するために、半導体の設計変更という異例の生産戦略に取り組んでいる。同社は10nm級の第5世代DRAM(D1b)の設計変更に着手した。D1bは、いままで実用化したDRAMの最新製品で、性能と歩留まりの改善のために特段の措置(設計変更)に踏み切っている。
韓国半導体業界筋によると、サムスンは2024年末から25年初頭にかけて12nm級DRAM「D1b」に対する設計変更を行ったという。D1bは、サムスンが23年に業界初で量産し、グラフィックDRAM(GDDR)とモバイルDRAM(LPDDR)などに活用したもの。D1bは量産中であるものの、さらなる性能と歩留まり向上のために、こうした異例の措置を取ったといわれている。量産中の設計変更は、製造プロセスの変更につながるため多くの費用を要する。つまり、それほど設計変更に対する至急性と必要性、かつ変更に対する意志が強いことを意味する。
また、製造プロセスの変更も進めている。24年末には装置を緊急発注し、従来の1x(10nm級第1世代)および1y(第2世代)などの旧工程(レガシーライン)を高度化する方式で、必須の装置だけをピンポイントで搬入している。新しいD1b用装置は、搬入と試験稼働などの日程を考えると、25年内の量産が可能になる。今回の設計変更は、競合相手に比べて競争力や量産性に劣るとの判断も作用したもようだ。
実際、SKハイニックスとマイクロンはAI時代の必須メモリーに急浮上した高帯域幅メモリー(HBM)にD1bを搭載している反面、サムスンはD1a(第4世代)を投入している。サムスンは、さらにDRAMの競争力を強化するため、D1bの設計変更のほか、「D1b-p」と呼ばれる新しい開発プロジェクトも始動している。DRAM世界市場の王座を30年強堅持しているサムスンだが、いまはメジャーDRAMメーカーから激しい挑戦を受けている。特に、SKは次世代DRAMの「D1c(第6世代)」を開発済みとされている。
サムスンとSK、マイクロンは、ともにD1bを供給しているが、サムスンに関しては不安視する向きが多い。サムスンを代表するスマホ「Galaxy S25」にマイクロンのモバイルDRAMが優先的に搭載されたのだ。供給量や時期に優先権を持つ1次供給者(ベンダー)としてサムスン製が採択されなかったのは非常に異例だ。世界No.1のサムスン製DRAMが事実上、競合相手に切り込まれた事例となった。ソウル証券街筋では、S25に搭載されるLPDDR5Xの一部で発熱問題が生じたといわれている。
このLPDDRは、前述のD1bで作られる。SKとマイクロンがD1b製品で「HBM3E」を作り、NVIDIAに納めている。サムスンはHBM3EをD1aで作っている。サムスンはNVIDIAへの最新HBM3Eの供給が頓挫している。25年1月に米ラスベガスで開かれた見本市「CES2025」で、NVIDIAのジェンスン・ファンCEOは「サムスンはHBM3Eを再設計するべきだ」と指摘したことがある。
生成AIの浮上でHBM市場が急成長
こうした苦境はサムスンの業績にも顕著に表れている。SKは24年通期に売上高66兆1930億ウォン、営業利益23兆4673億ウォンで利益率35.4%となったが、電子デバイス産業新聞の試算で24年通期のサムスン電子の半導体部門売上高は108兆ウォン(約11.4兆円)、営業利益は16.5兆ウォン(約1.7兆円)と、利益率が15.2%の水準にとどまっている。
生成AI市場が急速に拡大し、それに伴い需要が急速に伸びているのがHBMである。頭脳を担うロジックの処理速度に対してメモリーは格段に遅く、コンピューターの処理速度向上におけるボトルネックになった。HBMは、この問題を解消するために開発された。複数のDRAMを縦に積む3D(3次元)技術を用い、従来のDRAMに比べ飛躍的に高速化した。
韓国半導体業界(24年下期)によると、HBMの市場シェアはSKハイニックス54%、サムスン41%、米マイクロン5%となっている。SKハイニックスは現在、「HBM3E(DRAM積層数8、12)」をエヌビディアに供給中で、次期バージョン「HBM4(積層数12、16)」も完成させるなど、同市場を掌握している。ソウル証券街筋によれば、HBM市場は24年の9.5億ドルから27年は16.5億ドルへと急成長する見通しだ。
格差の決定的な要因は、パッケージングの技術や生産能力にある。市場調査会社ガートナーによると、AI半導体市場は24年の436億ドルから30年に1179億ドル(約17.7兆円)へ2.7倍に伸びる見通しだ。
サムスンは23年にTSMCからHBM製造の専門家を招聘するなど反転攻勢を強めている。天安工場(韓国忠清南道)に1兆ウォン(約1052億円)を投じHBM4(積層数12、16)の開発に取り組んでおり、25年にパイロット品の製造を目指している。HBM4以降の次世代品に採用される見通しのハイブリッドボンディング技術も開発中だ。
サムスン「ビジョンAIコンパニオン」を公開
サムスン電子は、グローバルAI企業との「オープン・パートナーシップ」提携も進める。同社がTVにAI機能を画期的に導入する背景には、中国勢の安売り攻勢にAI技術力で対抗したい狙いがある。また、超個人化や対話型AI-TVの開発のための段取りでもある。
中国TVメーカーの安売り攻勢は他の追従を許さない。TCL(広東省恵州市)は23年に韓国法人を設立した後、オンライン販売からオフライン販売へと、その領域を拡大している。特にTCLは、24年末からソウル市内の主な地下鉄駅で大々的な広告を展開している。販売の武器は価格競争力にある。75インチ4K UHD-TVはオンライン・ストアでは87.9万ウォン(約9.2万円)で販売されている。一方、韓国産の同様の製品価格が100万~200万ウォン台ということを考えると、TCLの製品が割安だ。
市場調査会社OMDIAの資料によれば、24年上期(1~6月)の世界TV市場シェアは金額ベースで韓国ブランドが45.1%、中国ブランドが22.1%だった。だが、数量ベースでは韓国ブランド29.7%、中国ブランド25%と、その差は大きく縮まる。中国ブランドが中低価格のTV市場を掌握しているためだ。
これにより、サムスン電子は、AIを前面に立てて技術格差をさらに広げるとともに、TVをさらなる次元にアップデートする契機にしたいとしている。サムスン電子の経営陣は、中国勢の安売り攻勢について「競争相手が多くなったことは、さらなる技術革新ができる良きチャンスだ。AIを利用し、消費者により多くの価値を与えられるのが、我々の差別化した戦略だ」と説明している。
AI時代のTVには、人々の好みと需要を察知してくれる役割が期待されている。サムスン電子のAIスクリーンは、単純な視聴機器という概念を超えて、生活の中心で新しい経験を与えてくれるパートナーになる見通しだ。同社はそうした目標の下、個人にマッチしたAIである「ビジョンAIコンパニオン」を公開した。ユーザーの問いを理解し、それを視覚化してくれるAIである。
サムスン電子の代表的なオープン・パートナーはマイクロソフト(MS)だ。サムスンはマイクロソフトAIであるコーパイロット(個人用AIアシスタント)をスマート・モニター(M9)に搭載し、今後、TVにも導入する予定だ。サムスン電子は「グーグルをはじめとする多くのグローバルAIパートナーと協力を持続し、サムスンのビジョンAIを広げていきたい」と、AI経験を最大限に活用するという。
サムスン電子がオープンAIとコラボすることは、こうしたAI時代の流れと無関係ではない。多様なAIモデルを生かし、最適の価値をコンシューマーに提供したい戦略だ。
「CES2025」見本市でビジョンAIをアピールするサムスン電子の幹部(2025年1月米ラスベガスにて)
同社は25年1月に「ビジョンAI 」を内外に公開した。▽コンテンツの視聴中にも1回のクリックで希望する情報を検索、知らせる、▽外国語のコンテンツ字幕をリアルタイムで翻訳、▽ユーザーの好みを反映し、背景画面を生成する、▽生活のパターンや機器使用の履歴などを分析、適時に必要な機能を支援する。
オープン・パートナーシップの対象が増えれば増えるほど、より多くのAIサービス提供が可能になる。例えば、TVにつながったカメラなどを通してユーザーの健康状態が分析できる。このようにサムスン電子のビジョンAIは、より便利、かつ潤沢な我々の生活のパートナーとなることをを目指している。
電子デバイス産業新聞 ソウル支局長 嚴 在漢