SiCパワー半導体市場が、欧米を中心としたEVの減速や産業機器市場の低迷を受けて岐路に立たされている。新材料を用いたパワー半導体として脚光を浴びたのも束の間、足元では想定を上回るスピードで成熟化の波が押し寄せている。日欧米のパワー半導体各社は売り上げならびに投資計画の見直しを余儀なくされているほか、抜本的な方針転換に着手する企業も出てきた。低価格を武器に中国勢も攻勢をかけるなか、これまでと異なる目線で事業運営を行う必要が出てきている。
■ハイブリッド人気、半導体にはネガティブ
欧米ではハイブリッド車の人気が高まりを見せており、EVの需要が頭打ちとなっている。調査会社モーターインテリジェンスによれば、2024年1~9月における米国の自動車販売台数のうち、EVは前年同期比8%増の伸びであったのに対し、ハイブリッドは同33%増と大きく伸長。当然のことながら、EVに比べてハイブリッド車は半導体の搭載員数が少なく、なかでもパワー半導体には顕著な差がある。調査会社OMDIAによれば、BEVの半導体搭載金額1700ドル/台に対し、プラグインハイブリッドは1200ドル/台と500ドルの差があると指摘する。こうした需要の下ぶれによってSiCパワー半導体は現在供給過剰の状況に陥り、一部で価格競争にも突入している。
日欧米の主要各社も事業計画の進捗に遅れが目立つ。STマイクロは27~28年にSiCデバイスの売上高目標として20億ドル超を掲げるが、24年は年初想定の15億~16億ドルから再三修正を行い、直近では11.5億~12億ドルと予想。前年実績(11.4億ドル)と比べてほぼ横ばいだ。オンセミも24年は年初段階で前年比2倍の成長を見込んでいたが、足元では1桁台半ば~後半の増加と大幅な下方修正を実施している。
■ロームは社長交代人事に発展
日系勢も同様に苦戦を強いられている。ロームは直近の24年7~9月期決算にあわせて、SiCパワー半導体の売り上げ目標1100億円の達成時期を、従来の25年度から26~27年度にスライドした。今後の設備投資計画も見直しを図っている。同社に関してはSiCに端を発した業績不振を受けて、先ごろの社長交代の人事を発表。工場再編についても検討するなど大幅な事業戦略の転換を打ち出している。
ルネサスも「当初の見立てと比べてマーケットが大きく変わっている」(柴田英利CEO)として、事業の立ち上げ時期を見直して当面はR&D重視の姿勢に切り替えた。材料分野でも、SiCウエハーの事業拡大を目指していた住友電工が投資計画を見直した。同社は伊丹製作所(兵庫県伊丹市)と富山県高岡市のグループ会社で投資を実施し、SiCウエハーの年6万枚(6インチ換算)、エピウエハー年12万枚(同)生産できる体制を整える計画で、経済産業省の助成認定も受けていたが、事業環境の変化を受けて、計画を白紙にした。これに伴い、経産省からも助成認定も取り消しとなった。総投資額は300億円で、うち100億円の助成を受ける予定であった。
主要各社の中期売上目標のターゲットに対して足元の需要動向を勘案すると、27年のSiCデバイスの市場規模は23年時点での予測と24年末時点の予測で17億ドル強のギャップが生まれているとみられる(グラフ参照)。各社がこのまま生産能力を増強し続ければ、およそ3割程度の供給過剰になり、市場のバランスが大きく崩れる可能性が高い。
■国産のウエハー・装置を活用
SiCを巡っては中国勢の動向も見逃せない。欧米と異なり、中国のEV市場は成長を続けており、内製化志向を追い風に、地場のSiCパワー半導体の採用も増え始めている。SICCやタンケブルーなど自国のウエハーサプライヤー、SiC特有のプロセス装置に関しても国産装置(SMEEのレーザーアニール装置など)を積極的に採用し、価格面では日欧米の既存メーカーに比べて優位に立つ。
最近では紹興市で6インチのSiCファンドリーを展開するUnited Nova Technology(UNT、旧SMEC)が急速に力をつけている。BYDなど中国EVメーカーを顧客に抱え、25年以降は8インチ移行に向けた投資にも着手する。地の利も生かして、中国勢は今後SiCパワー半導体市場で一定程度のシェアを獲得すると見られる。当然、価格競争は厳しくなり、ベアダイやディスクリートパッケージでの事業形態は価格圧力の波を真正面から受けることになる。
ここで必要となるのは、やはりモジュールだ。シリコン系同様に、パワーモジュールは放熱を含む設計力が非常に問われる分野で、これが参入障壁の1つとなっている。SiCパワー半導体の成熟化が進むなかで、モジュール領域に活路を見出す動きが今後日欧米の各社を中心に一層高まってくると見られる。
■台湾系ファンドリーが事業化に意欲
別の見方をすれば、SiCのウエハープロセスでは今後差異化できない環境も予想される。こうしたなかで選択肢として浮上しているのが、外注化すなわちファンドリーの活用だ。
すでに、一部企業ではこうしたファンドリー活用モデルを推進していくケースも出てきている。台湾系ファンドリーが意欲的で、台湾のヴァンガードとエピシルは共同で8インチのSiCファブを建設する。具体的には、ヴァンガードの既存のシリコン生産ラインを利用してSiCラインに転換。26年下期からの量産開始を目指しており、まずは第1期として月産6000枚程度からスタートし、将来的には1万枚以上へ引き上げていく考え。ヴァンガードはエピシルの一部株式を取得する意向も示しており、共同でSiCファンドリー事業を盛り上げていく。
このほかにもPSI(Phoenix Silicon International)などの台湾系ファンドリーも進出に興味を示しているほか、UMCなども一部投資を実施済みだ。
電子デバイス産業新聞 編集長 稲葉雅巳